投稿作品集 > 柚子とハルカ ~女子応援団編~ p.05
このストーリーは、bbs にて、のりぞう 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は のりぞう 氏にあります。
■ その5(6) ■
遙菜はスマホで動画サイトを開くと、奈津子に見せた。スマホのディスプレイから流れる映像は、遙菜が2年生の時に受けた特別懲罰の映像である。
その映像を目にした奈津子は、
「懐かしいわね」
と一言感想を漏らした。
「で、この映像がどうかしたのですか?」
奈津子は映像を見終わると、遙菜に疑問を呈した。
「あの時、私たちを撮影した映像は、全部、先生の手で回収されているはずです。なのに、この映像がネット上に出回っているのは、先生が仕組んだことですか!!」
過去自分の露わな姿をネットを通じて出回っているのだ。当人にしては由々しき話である。遙菜は強い口調で奈津子に問い詰めた。
「そうね、私も驚いたわ。どうして、こんな映像が巷に流れているのかと」
奈津子はいたって冷静に答えると、
「佐伯さん、あなたはこの映像を私が流出させたと思い込んでいるようだけど、それは見当違いだわ。そもそも、私がデジタル関係に疎い事はあなたも承知しているはずだわ。そんな私がどうやって、この映像を流す事が出来るの?」
我が身の潔白証明するように弁明した。奈津子の弁解を聞いた遙菜はハッとした。奈津子の弁解を聞いて、彼女が極度の機械音痴である事を思い出したのだ。
デジカメひとつすら扱う事の出来ない奈津子に、動画をネット上にアップさせるだけの知識があるとは思えない。仮に、この五年の間にその知識を得たとしても、そのような動画をネット上に流す理由が奈津子にはない。
単純な状況だけで奈津子に疑いの目を向けた遙菜は顔色を失ったのと同時に、奈津子の面目を潰したのだ。
「ふふふ、やっと、自分の了見の過ちに気づいたよね。まぁ、あの時の状況だけを判断すれば、私に疑いの目が向けられても仕方ないわ。でもね、あなたは私に向けた疑いの目を黒田君たちに向けるべきだったのでは?」
「ブラトン??」
奈津子が提示した動画流出の容疑者、黒田の名前が上がると、遙菜は彼のあだ名を口にした。
「ブラトンか。これも懐かしい響きね。あなた方女子は、黒田君の事を嫌っていたわね」
黒田の話をする奈津子の顔は、どことなく昔を懐かしむような顔をしていた。
「でも、あの時、ブラトン達は先生にメモリーカードを手渡したはずじゃ……」
特別練習の終わった後、黒田達男子生徒が奈津子にメモリーカードを手渡しているところを遙菜は見ていた。画像が記録されているはずのメモリーカードが奈津子の手に渡っている以上、彼らの手元にあの日の記録が残っているはずがない。
「遙菜さん、本当にあなたは察しが悪いわね。少し考えればすぐに解る事よ」
奈津子は、一生懸命謎を解こうとしている遙菜の姿が、大人ならすぐわかる様な手品のトリックを暴こうと、一生懸命頭を悩ましている子供の様に見えた。
「もし、黒田君達が私に渡したメモリーカード以外にあなたたちの様子を記録したメモリーカードを隠し持っていたとしたらどうなの?」
遙菜が一向に謎解きを終えないに痺れを切らせ、奈津子は画像流出のもう一つの可能性を示唆した。
「まさか……」
奈津子の提示した可能性に、遙菜は唖然とした。
「そのまさかよ。あの子達、私にメモリーカードを手渡す前に、陰でコソコソやっていたから、きっと、あの時、私に渡すメモリーカードと自分達が持ち帰るメモリーカードと入れ替えていたとしか思えないわ。本当、あの子達は私が気づかないでいたとでも思っていたのかしら」
奈津子は自分の考える画像流出の推論を述べると、黒田達が自分に対して行った可愛らしい悪戯に微笑んだ。
カードの入れ替え。考えても見ればこれほど単純な話はない。もし、あの時、遙菜達が長時間に及ぶ練習で注意力が散漫になっていなければ、黒田達の怪しい動きを察知していたかもしれないが、今となってはどうすることも出来ない話だ。
「それじゃ、先生はブラトン達が流出させたと言うのですか?」
奈津子の話を聞いて、黒田達が限りなくクロに近い存在となった。
「さぁ、それは解らないわ。この動画がアップされたのはつい最近のようね。少なくとも、彼らが在校中にあの画像を流す事はしなかったでしょうね。私が言えるのはそこまで。もし、真相を知りたかったら、黒田君達に直接聞く事ね」
奈津子はそう言うと、この件に対しての謎解きをする事を打ち切る姿勢を見せた。
「先生、最後に一つだけ訊きたいことがあります」
遙菜は奈津子の口から出た「在校中にあの画像を流す事をしなかった」と言う言葉の意味が引っ掛かった。遙菜は最後にその言葉の意味を問うと、
「そうね、あなたが懲罰用のレオタードを着た日に、あの子、あなたの姿を盗撮したわね。もし、再びあの子が不祥事を起こしたらどういう事になるかは想像つくわね。いくら私でも、これ以上彼を擁護する事は出来ないわ。それだけの事よ」
奈津子は面倒臭そうに答えた。結局、遙菜は日の目を見るはずのない映像が世間に出回ってしまった原因を突き止める事は出来なかった。もし、事の真相が知りたかったら、これこそ奈津子の言う様に、黒田に直接聞くほかはない。
しかし、遙菜には今更彼に会いたいとも思ってはいない。結局のところ、真相は藪の中である……。
■ その6 ■
「佐伯さん、あなたに頼みごとがあるのよ」
画像流出の真相が掴めず、無駄な徒労をしたものと肩を落とす遙菜に奈津子は頼みごとを持ちかけた。
「頼みごとですか?」
奈津子からの頼みごとと言うのは碌な事がない。その事を十分身に染みている遙菜は身構えるように答えると、
「そうね、あなたはもう私の教え子ではないから、強制ではないわ」
奈津子は生徒指導室の片隅に立てかけてある箒を手に取ると、あの、裸の少女が閉じ込められて居る檻へと向かった。
檻の中の少女は、箒を持って近づいてくる奈津子に恐怖心を駆り立てられて、仔犬の様に濡れた瞳を大きく見開き、怯える様に身体を震わせた。
「先生、彼女に何をするのですか」
箒を手にした奈津子が檻の前に来ると、遙菜は声を上げた。
「何をするって、こうするだけです」
奈津子は遙菜に答えを見せびらかすように、箒の柄を鉄格子の隙間に突っ込むと、檻の中に小さくうずくまる肉の塊を突っついた。
奈津子は強い力で突っついている訳ではないから、少女への肉体的なダメージは少ないだろう。しかし、身動きの出来ない檻の中で箒の柄に身体を突っつかれるのは、精神的なダメージは相当なものだ。
「ねぇ、佐伯さん。檻に閉じ込められた裸の女子生徒を突っつけるとあれば、男子たちは相当喜ぶわよね」
よからぬ企てに興じる奈津子の声は楽しそうだ。身動き一つできない檻の中で長時間にわたり中腰状態で閉じ込められた上に、男子たちの見世物にされようとする裸姿の女子生徒。
奈津子によって散々見世物にされた遙菜にとって他人ごとではない。
(この子を男子の慰み者にされないためには、自分が身代わりになるしかないわ)
遙菜は少女の身を庇う為に、自らの身体を差し出す決意をした。たとえ、これが奈津子が仕掛けた遙菜に対する誘い水だとしても、それに乗るほかない。言い換えれば、檻の中の少女は遙菜の身代わりである。
この三年の間、遙菜は様々な事を経験した。
命令とあれば好きでもない男たちに身体を捧げたし、求めに応じればいくらでも自分の身体を傷つけさせてきた。今更、何を躊躇う事があるのか。
(そう、今の私なら、恥ずかしい事なんて何もないわ)
「先生、私が彼女の身代わりになりますから、この子の事を赦してあげて下さい」
遙菜は少女の身代わりに自分の身体を差し出す決意を奈津子に伝えると、
「流石は佐伯さんね。私の思った通りの答え出す子だわ」
奈津子は少女を突っつくのをやめると、遙菜の方に振り向いた。
(佐伯さんが、あなたが来てくれるのなら、今年の合宿も面白い事になりそうね)
心なしか、奈津子の口元が微笑んだように見えた。
■ その7(1) ■
(うぁ~、しまったよ。俺としたことがこんなミスをするなんて……)
黒田君は門外不出の動画が某動画サイトにアップされているのを見つけると、ディスプレイの前で頭を抱えた。
彼の犯したミス。それは、保存データーの流出である。デジタルモノに強い黒田君ではあったが、性的な欲望には弱かった。
彼はアングラサイトで我が国の法律に引っ掛かる様なチルドレンな危ない画像や動画をクリックしてはHDDの中に収めていたが、デジタルに強い黒田君を持ってしても、取り止めの無い欲望の前には高度なセキュリティーも役には立たなかった。
一枚のチルドレン画像と引き換えに、彼のPCから一部のデータが外部へ流出したのだ。その流出した一部のデータの中に、五年前、奈津子先生の目を誤魔化して隠し持ってきた、あの日の記録があった。
もし、あの画像が流れたらどうしよう……。黒田君の不安な日々は続いたが、それもこの日を持って、別の不安へと変わっていった。
そう、流出したあの映像が何者かの手によってアップされていたからだ。たとえ、サイトの運営先に異議申し立てをしたところで、イタチゴッコで終わる事は黒田君自身がよく知っている。
事、ここに至っては、あの動画を関係者の目に留まらない事を祈るほかはない。
(あの画像を知っている人の目に留まったらどうしよう)
(もし、それが遙菜ちゃんだったら、俺、生きていけないよ……)
そんな黒田君の後悔と懊悩の日々は、ある一本の電話で終止符が打たれた。
(とうとうこの時が来たか……)
黒田君はスマホの着信音が鳴ると、ディスプレイに表示された電話番号を見て覚悟を決めた。ディスプレイには、島田奈津子と表示してあった。
「スイマセン。つい出来心で……」
黒田君は電話に出ると、真っ先に謝罪の言葉を口にした。
高校を卒業して三年間、奈津子からの電話など一度もなかったが、それが、あの秘密の動画がネット上にアップされてからこのタイミングである。奈津子から電話が掛るとしたら、この件以外に思いつかない。
「やっぱり、あなたが原因だったのね」
電話口で黒田君の謝罪の言葉を聞いて、奈津子は可笑しそうに笑った。
「先生は怒ってないのですか?」
持ち出し禁止のメディアカードを奈津子を騙す形ですり替えた上に、自分のミスによってその内容の一部を外部に漏らしてしまったのだ。
当然、黒田君は奈津子から厳しく問い詰められる覚悟をしたが、奈津子の反応はその逆だった。しかも、奈津子は、
「もし、この件で黒田君を罰するのなら、私も罰されないといけないわ」
と、暗に自分自身もこの件の共犯者と仄めかしたのだ。
「それってどういう意味ですか?」
黒田君はどうして奈津子が自分と一緒に罰せられなくてはいけないのか、その言葉の意味が解らなかった。
この流出事故の元を辿れば、あの日、黒田君が自身の欲求を満たす為に奈津子の目を騙してメモリーカードをすり替えた事にある。言うなれば、奈津子自身も被害者である。
にも拘らず、奈津子は「私も罰せられないといけない」と、黒田君との共犯性を示唆したのだ。
「黒田君、あの時、あなたが私に渡すはずのメモリーカードを別のものとすり替えた事を、私が知らないでいたとでも思うの」
奈津子のその一言で黒田君は奈津子との共犯性の意味を理解したのと同時に、バレていないと思われていたメモリーカードのすり替えがすでに奈津子の知るところにあった事に、黒田君は背中に冷たいものを感じた。
「先生、いつ、すり替えの事を知ったのですか?」
自分達では絶対に気づかれていないと思っていた悪事が白日の下に晒されていた。これ程の恐怖はない。自分たちが絶対にバレないと思っていた不正行為なのに奈津子は、
「教師としての勘」
と、黒田君達の悪だくみを軽くあしらったのだ。
なら、自分たちの不正を知りつつ、どうしてあの時、お目溢しをしてくれたのか? 黒田君は新たな疑問が湧いた。
プライバシー保護やデーターの流出を恐れてメモリーカードの回収をしたはずなのに、回収したメモリーカードがすり替えられたものと知りながら黙っていたのか。
この黒田君の疑問に対する奈津子の答えは彼を大いに感動させた。奈津子の答えはこうだ。
「黒田君を信頼していたから」
本気で奈津子がそう思っていたのかは解らないが、少なくとも、奈津子には黒田君が故意に画像を流出させる事はないと踏んでいたのは確かである。
もし、データーを外に漏らすようなことをすれば犯人はすぐに特定される。特に、黒田君の場合は遙菜に対する盗撮事件で前科一犯の身だ。その様な彼が危険を冒してまでも画像を流出させるはずがない。
そう踏んだからこそ、自分の手伝いをさせた駄賃代わりにメモリーカードのすり替えを黙認したのだ。ただ、デジタル音痴の奈津子には、ウィルスによるデーターの流出という事態をあまり深く想定していなかったのだ。
その想定の甘さが五年後にこの様な事態を引き起こす結果となった。奈津子にとっては痛恨の極みである。
Written by のりぞう.
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