投稿作品集 > 柚子の体験 ~体力運動調査編~ p.02

このストーリーは、bbs にて、のりぞう 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は のりぞう 氏にあります。



■ その4 ■

お互いの手を握り合いながら席から立ち上がった僕と五条さんでしたが、控室の中には微妙な空気が漂い始めました。

僕と五条さんがお互い手を握り合っているのが周りの子達に変に思われている様です。初めて会ったばかりの男子と女子が早々手を握るまでの間柄にはなるものではありません。

僕は僕たちの周囲に立ち込める微妙な空気を察すると、握った手を放そうと、五条さんに目で合図を送りました。

「あ、そうですね。私、気づかなくてゴメンナサイ」

五条さんは僕からの合図を受け取ると、一言小さく謝って、握っていた手を放しました。五条さんの手が僕の手のひらから離れると、僕の左手は暖かな余韻に包まれたのでした。

僕たちはお互いの手を放すと、係の人が居る席の前まで歩いてきましたが、この時、皆の視線は自然と五条さんの体操者に向けられました。


お腹にデカデカと縫い付けてあるゼッケンと、シャツ越しに透けて見える純白のブラジャー。これでは男子ならずとも女子達の視線を集めてもおかしくはありません。

しかし、当の五条さんと言えば、そういう視線に慣れているのか、余り周りの目を気にしている様子は見受けられません。周りの視線を気にしない代わりに、時折顔をしかめながら下腹部に手を当てる姿が目に付いたのです。

どうやら、席を立ちあがった瞬間に顔付が険しくなったのも、体調不良が原因だったようです。そうすると、係の人が来るまで顔を俯かせていたのも、自分の体操着姿が恥ずかしかったのではなく、お腹の調子が悪かったからかもしれません。

僕はお腹を気遣う五条さんを心配しつつ、説明係の前に立ったのでした。

「いいか、今からお前らの腹筋を調べるから、体操シャツを胸元まで捲り上げろ」

僕と五条さんが説明係の前に立つと、彼は僕たちに体操シャツを捲り上げるように言いました。確かに、腹筋の付き具合を手っ取り早く調べるにはそうするしかありませんが、僕はともかくとして、女子である五条さんには過酷ともいえる指示です。


「五条さんは女子なので、それは赦してあげてください」

僕は少しでも五条さんの為に何かしてあげたいと言う思いから、躊躇いつつも意見をすると、

「おいおい、シャツを捲る位でゴチャゴチャ言っていると、今日のテストは受けられないぞ」

係の人は怒るどころか僕の意見を聞いて笑ったのです。僕は説明係の笑い声を聞いていると、この部屋に入る前に聞いた案内係の含みを持たせた言葉が頭の中をよぎりました。

少人数の体力テストなのに広大な敷地を関係者以外の立ち入りを禁止した理由。シャツを胸元まで捲り上げる以上の何か。そして、案内の人の含みを持たせたものの言い方。

この三つが合わさって考えられることは一つしかありません。以前、行われていた健康優良児審査では、思春期を迎えて身体に現れる身体の変化や異性に対する反応を調べる目的で男女が真っ裸になって受けていたそうです。


これは、僕がこの検査を受けるに当たって、体力健康調査についてネットで調べたのですが、この調査は桜山市と北郷町の一市一町しかやっておらず、しかも、調査は三年と言う回数の少なさと、参加者も無作為に選ばれた男女20人と言う限られた人数で行われるので、ネットで調べても得られる情報も通り一辺倒の情報ばかりで、この調査に関係した人たちの話が全く見えてこないのです。

その代り手に入ったのが、担任の先生から聞かされた健康優良児審査の情報です。もし、先生があの時、健康優良児審査の話をしなければ、僕もこの話に触れる事はなかったに違いありません。

僕は体力健康調査の情報を集める事を諦めると、代わりに健康優良児審査についての情報を集めたのです。

健康優良児審査は昭和時代を通して行われていたこともあって、かなりの情報量がありましたが、その中においても、特に昭和40年代から50年代の終わりに掛けての情報量は豊富で、この審査に参加した人たちの思い出話の中で一番でてくるのが、男子と女子が全裸になって審査を受けたという話です。

もしかしたら、この体力健康調査も名前や審査基準こそ違えども、かつて行われていた健康優良児審査の流れをくむのではないか。もし、そうなら、この後、僕たちは強制的に裸にされるのではないか。

僕はそう結論付けたのでした。



■ その5 ■

「どうした、時間がないぞ。早くシャツを捲れ」

僕と五条さんが前に出ると、係の人が僕たちに早く体操シャツを捲るように促しました。

「まず、僕から捲るね」

こういう事は男子である僕が率先してシャツを捲った方がいい。そう思った僕はシャツの裾に手を掛けようとしたら、

「私も一緒に捲るから、少し待ってください」

五条さんは僕がシャツを捲るのを止めたのです。

「いいですか、イチニのサンで一緒に捲りますよ」

恥ずかしいのか、それとも緊張しているのか、五条さんはシャツに手を掛けると、浅黒く焼けた頬を赤く火照らせました。


「せ~の、イチ、ニの……」

五条さんは僕がシャツの裾を握るのを確認すると、少し上ずった声で数を数えました。そして、

「サン」

の合図とともに、握ったシャツの裾を思いっきり胸元までたくし上げたのです。

なんて白い肌なんだ……。僕はシャツをたくし上げて人目に晒した五条さんのお腹を見て息を飲みました。

水泳の授業で水着から露出している顔や腕と言った部分は浅黒く日焼けしていますが、水着に覆われているお腹は日差しに当たる事がないので、白くて艶のあるきめの細かな肌をしていたのです。

「もう、そんなにジロジロ見ないでください」

五条さんは照れながら見るなと言いますが、そんな事を言われても僕の視線は彼女のお腹から離す事が出来ません。それに、五条さんのお腹を見ているのは僕だけではありません。係の人も五条さんのお腹を見ているのです。


「なかなか綺麗な肌をしているが、腹筋は余り付いて無さそうだな」

係の人は腰を落として五条さんのお腹に顔を近づけると、まるで美術品を鑑賞するような目で彼女のお腹を眺めていました。

「あ、あ、あふぅ……」

お腹のかなり近い場所まで顔を近づけられているので、鑑賞者の息が五条さんのお腹に触れます。鑑賞者の吐く息がよっぽどくすぐったいのか、呼気が五条さんのお腹に触れるたびに、彼女の口からも湿った吐息が漏れてきます。

「よし、少し待っていろ」

五条さんのお腹についている腹筋を見極めたのか、係の人が腰を上げると今度は僕に近づいてきました。

「いいか、少しジッとしていろよ」

係の人が僕の前に立つと軽く右手を握りました。係の人が右手を握るのを見て僕の身体が強張りました。腹筋を見ると言うのはお腹を触ったり目視で確認するような甘いものではなかったのです。お腹を殴って調べるつもりなのです。


僕は少しでも痛みに堪えようとお腹に力を入れようとしましたが、僕が腹筋に力を入れるよりも早く、係の人の拳が僕のお腹に食い込みました。

グゥ……

拳がお腹に食い込むと、一瞬、息が止まり、お腹を抱えながら床に崩れ落ちました。僕が床に崩れると、室内が少しザワつきました。

「あの程度のパンチで崩れるのかよ」
「見た感じ、全然、力が入っていないよな」
「あいつ、わざと倒れたふりをしたんじゃないのか?」

そのザワつきの中から係の人が放ったパンチの感想が聞こえてきましたが、おそらく、直接パンチをお腹に受けなければ僕も似た様な感想を持ったかもしれません。見た目では軽くお腹に触れた程度にしか見えないのですが、実際には皮膚や肉を通り越して直接内臓を抉る様な痛みを感じるのです。

「全然なっとらん。もっとインナーマッスルを鍛えろ」

床に崩れてゲホ、ゲホと胃からこみあげてくるものを押さえている僕に、係の人は吐き捨てるように言いました。


「待たせたな。次はお前の番だ」

僕の崩れ落ちた姿を見て、シャツをたくし上げながら顔を真っ青にしている五条さんに係の人は覚悟を決めるように言いました。

「は……、ハイ!!」

五条さんはすべてを受け入れる覚悟を決めて気丈にも大きな声で返事をすると、

「女子の割にはいい覚悟だ。お前は女子だから少し手加減してやる」

係の人はさっきの様に軽く右手を握りました。係の人が右手を握ると、五条さんはお腹が凹みました。腹筋に力を入れてお腹をギュッとへこましたに違いありません。

「よし、腹筋に力を入れたようだな」

「ハイ!!」

係の人は五条さんのお腹の動きから、彼女がお腹に力を入れたのを確認すると、五条さんは大きな声で返事をしました。


「よし、行くぞ」

係の人は力強い五条さんの返事を聞くと、握った拳を彼女のお腹に向けて放とうとした瞬間、

「待ってください」

僕は内臓から発する痛みに耐えながら、精一杯の声で止めたのです。

「一体、なんだ?」

係の人は僕の制止する声で右手を止めると、僕の方に顔を向けました。

「す、すいません。五条さんは今日、体調が悪く、さっきからお腹を気にしているのです。そんな彼女のお腹を殴ったら、大変な事になると思います……」

僕は息も絶え絶えに五条さんの体調不良を訴えました。

「五条、それは本当なのか?」

係の人は僕の訴えを聞き入れると、それまで厳しかった表情を緩めて五条さんの身体の具合を尋ねたのです。


「あ、はい……」

係の人にお腹の具合を尋ねられた五条さんは両手で下腹部を優しくさすりながら小さな声で返事をしました。下腹部をさすっている五条さんの姿は、まるで、お腹に居る赤ちゃんを優しく労わるお母さんの様です。

「まさか、お前、今日はアレなのか?」

そんな五条さんの様子から彼女の体調不良の原因を察したのでしょうか? 係の人の問い掛けに五条さんは耳を赤くしてコクリと小さく頷くと、

「アレなら仕方ないな……」

係の人は何か決まりの悪そうな表情で五条さんのお腹に拳を入れる事を取りやめたのでした。

良かった……。二人のやり取りを見守っていた僕は、僕は五条さんが痛い目に遭わずに済んで、ホッと胸を撫で下ろしました。僕の巻沿いを食らって痛い目に遭うなんて、五条さんが可哀想すぎます。


「五条、後であいつにお礼を言っておけよ」

係の人は五条さんに床の上でうずくまっている僕にお礼を言うように言うと、僕たちを席に戻るように言いました。

「大丈夫ですか? ご自分で立てられますか?」

五条さんは解放されると、床にうずくまっている僕の元に駆け寄ってそっと手を差し伸べてくれました。

「ありがとう。もう大丈夫だよ」

少しでも彼女に心配かけまいと五条さんにそんなことを言ったものの、僕のお腹はまだズンとした重い痛みを感じています。

「『ありがとう』って、お礼を言わないといけないのは私の方です」

五条さんは鼻をすすりながら照れくさそうな笑みを浮かべると、僕も引きつった笑みを浮かべながら差し伸べてくれた彼女の柔らかな手を力強く握ったのでした。


inserted by FC2 system