投稿作品集 > 恥ずかしい男子 p.01

このストーリーは、bbs にて、KRE 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は KRE 氏にあります。



放課後の図書室。

薄いカーテンを透過した光の束が、並んだ書棚の合間にまで差し込んでいる。キラキラと輝く帯のラインに切り取られた部分の空間に、無数の細かい塵が舞っているのが見える。正直、空気が良いとは言えない。

図書委員である俺は、本を取るための脚立を書架にかけて、その足下をしっかりと押さえて支えている。週ごとに虫干しと本の整理を担当するクラスが決まっていて、今日は俺のクラスの作業日だった。

ドスン。

塵の舞を眺めていた俺の頭にずしりと重い衝撃が伝わり、視界が揺れた。

「こら。また横向いてる。そんなんじゃ終わらないでしょ」

上から不機嫌そうな声が聞こえる。

声の主は本郷心美。俺とペアを組む同じクラスの図書委員だ。彼女は脚立の上に立って、整理のために手に取った本を次々と俺の頭の上に積み上げている。


図書委員と言えば眼鏡っ子の大人しい女の子なんかを想像するのが普通だろう。けれど本郷は違う。俺は密かに武闘派系図書委員と呼んでいるのだが、ばりばりの体育会系であるチアリーディング部に所属する活発な姉さんタイプだ。

だいたい男女ペアでこの作業をするのに、女の子の方が脚立の上に登ることがそもそもおかしいと思う。

しかし彼女は「スカートの中が見えちゃうじゃない」なんて言う性格じゃないし、そもそもスカートを穿いていないのだ。作業が終わったらすぐに部活に行けるし汚れても平気だという理由で、最初から体操服姿になってテキパキと作業をしている。

そのことがむしろ俺がやりにくい原因になっているのだが、役割を替わろうとしても、私の方が背が高いし男子は力があるから押さえる方が効率的だなどと、逆に説得されてしまっていた。

「はい、とっとと運ぶ。日が暮れちゃうよ」

本郷は頭に直撃を食らわせた何冊もの分厚い本を両手で持ち上げて、下に渡してくる。俺はそれを受け取るために仕方なく顔を上げた。重たい本の向こうにわざとらしく頬をぷくっと膨らませた本郷の顔が見えた。本気で怒っているわけではないようだ。


そのどことなく愛らしい表情と同時に、彼女のすらりとした脚が、下から見上げる形になって自然と目に入る。図書室の落ち着いた照明の中に浮かんだそれは、妙に艶めかしく白い。

俺はどうしても気になって、本を受け取りながらふっと視線を逸らした。しかし、その動作が誤解を生んだ。

「もう、またそうやってすぐに余所見する」

また注意されてしまった。やる気がないように思われるのも癪なので、少しだけ反論を試みる。

「いや、だって。あんまり見ると、こういうの、その、悪い気が……して……」

うちの学校は女子の体操服はブルマなのだ。高校でもブルマなんていまどき相当珍しい。しかも管理教育で実績があるとの評判で、ブルマの前側に生徒のフルネームが刺繍されている。入学時の身体測定でひとりひとり採寸したサイズを元に購入する特注品だ。


そのせいで体にぴったりとフィットするデザインになっていて、女子には大変評判が悪い。さらに校則も厳しくて、冬でもほとんどジャージは禁止だし、体育の授業でも名前の刺繍がきちんと読めるようにシャツをしまって着ていないと罰を受けるのだ。

男子の多くは表面的には女子に同情するような素振りをしていても、内心では露出度の高いブルマと女子に厳しい校則を高く評価していた。だが、俺はこのブルマが好きではない。むしろ苦手だった。

高校生の女の子が身につける服としては、あまりにも刺激的すぎる姿だと思う。体操服と言われればそうだけど、昭和くさいし、形も見た目も水着かパンツみたいじゃないか。色は黒っぽいけど、体育の時に整列した女子は、まるで下着だけで立たされているみたいで痛々しい。

それにただ立っているだけじゃなくて、体操服だから当然運動もする。大きく足を開いたり、マラソンや部活で学校の外に出て行ったり、見ているこっちが恥ずかしいくらいだ。ドキドキして気が散ってどうしようもない。

だから、今もなるべく本郷の方は見ないようにしていた。同級生の女の子が生足剥き出しで、目の前のはしごの上で作業するのだから、とにかく心臓に悪い。でも、彼女は俺の気持ちなんて知る由もない。


「はあ?」

本郷は意味がわからないという感じで首をかしげると、俺に向かって指を立てる。

「これブルマよ。体操服だし見えてもいいものでしょ。……まあ、心美さんの魅力的な体が罪だって言うのはわかるけど、変なこと考えて欲情しないでよね!」

うう。そう言い切られてしまっては抗弁できない。変なことは考えていないけど、見ていたら変な気持ちになるのは本能だから仕方がないと思う。

本郷はチアリーディング部ということもあって、1年生にしては体格が良く背も高い。だから余計に色っぽい。それに、ちゃんと採寸したんだろうけど、本郷のブルマは1年の他の子と比べてサイズが小さい気がする。

背が高いからかもしれないけれど、本当に下着みたいになっていてシルエットも際どいし、食い込んでいてお尻を全部覆いきれていない。こうしてやや下から眺めると、ブルマの下から明らかに足ではない部分がはみ出している。綺麗な肌だけど、それ以上に生々しすぎて、露骨にエッチなんだよ。


「お年頃の男の子だからしょうがないけど、君ってわかりやすいよね?」

俺が劣勢になったのをみて、本郷がからかってくる。

「今日の委員会でも委員長のこと、チラチラ余所見して見てたでしょう。ああいう人が好みなんだ?」

「ええっ?」

奇襲を食らった俺は、本を抱えたままよろめいた。ったく、ジャブとか抜かしていきなりストレート打つなよ。

「そうじゃないよ。好き……とかじゃなくて、ちょっと別の理由があって、早瀬先輩のことは気になっただけなんだけど……」

余計に誤解されるかなと思いながらも、率直に答えてみる。本郷は意外にもあっさりと引き下がった。

「ふーん……。ま、いいけど。(……どうせ来年はいないしね)」

後半は何かごにょごにょ言っていて、俺にはよく聞こえなかった。本郷にしては珍しいかも。


早瀬先輩のことは本当だ。好意を持っているのではない。図書委員長をしている3年生で、本郷とは対照的に落ち着いていて上品な大人の女性という感じの人だ。さすがに委員長も似合っている。

確かに綺麗な人だけど、よく知っているわけではないし、好きとかそういう感情を持つほどの間柄ではない。ただ、どうしても彼女を意識してしまうある事件があったのだ。その事件によって、俺のブルマへの苦手意識はより強くなってしまったことも事実だ。

それは入学直後の新入生説明会の時のことだった。

……

入学が決まって最初に登校した時に、学校生活について一通りの説明を受けるために1年生全員が体育館に集まっていた。その日の午後からは身体測定などが予定されていたため体操服で集合したのだが、その時はまだ1年の制服は届いていなかったから、全員が中学の時のジャージで参加していた。

クラス分けと担任の発表があって、そのクラスごとに男女一列ずつ体育座りで整列していると、何人かの上級生たちが体育館に入ってきた。先輩たちの姿を見て、1年生からざわめきが起こったことをよく覚えている。俺も思わず声を上げた気がする。

上級生は男女10人ちょっとずつだったけれど、全員が体操服を着ていて、女の先輩の格好はブルマだった。男の先輩たちは普通にハーフパンツだったから余計に目立っていた。


中学までは男女ともみんなハーフパンツだったから、高校生のブルマ姿なんて見るのは俺も初めてだったし、とにかく見た目にインパクトがあったから1年は動揺した。

特に女子は、これから自分たちが穿かなくてはならないブルマという体操服が、どういうものであるかを直感的に理解したみたいで、悲鳴に近い声を上げる子もいた。隣の列の女の子も「ええーっ、ブルマぁ?」とか、「嘘でしょ。ありえない……」とか青ざめていたことを覚えている。

上級生のうち男の先輩は、身体測定の器具の設置や、大きな書類の箱を運ぶなどの肉体労働を手伝うようだった。対して女の先輩たちに割り当てられた仕事は、たくさんある説明のプリントや冊子を俺たちに配布することだった。

全く何の変哲もない作業のように思えたが、実際に先輩たちが最初のプリントを配り始めると、1年生の間には微妙な空気が流れ始めた。先ほどのざわめきを一度先生たちに注意されていたせいもあって、もう誰も騒いだりはしなかったけれど、場の雰囲気は確実に緊張感が高くなっていった。

男の先輩が大きな箱から取り出したプリントや冊子を、女の先輩が両手で抱えるようにして持ち、ひとり一列ずつ担当して配布していく。男女交互に並んだ新入生の狭い列の合間を、前から後ろまで縫うように歩きながら、新入生ひとりひとりの場所で立ち止まって屈んでは資料を手渡ししていくのだ。


それがどれほど扇情的な光景になるかは、列の先頭にいる最初のひとりに配るだけで十分過ぎるほどよく理解できた。

シャツの裾をしっかりとブルマの中に押し込んで、下半身のラインが丸わかりになった3年生女子が近づいてきて目の前に立つ。交互になった男子と女子の列の間に入る形になるので、どの先輩も同性と異性の新入生ひとりずつの鼻先に、かろうじてブルマに覆われた股とお尻を突き付けるようにして立たなくてはならない。

年下の男に間近でそこを見られる方が恥ずかしいのか、同性の下級生から哀れみの目で見られる方が嫌なのか。いずれにしても両手で資料を抱えているため、下半身は手で遮ることすらできない。

そして、資料を渡すためにはひとりずつ前屈する羽目になる。しゃがみ込むことはスペース的にも難しいし、どんどんプリントを配っていかなくてはならないので、いちいちそんなことはしていられない。

どうしても膝を曲げて、お尻を突き出すような姿勢を取らざるをえなくなる。まるで新入生の中で田植えをしているような状況が延々と続いていた。

入学直後という事情はあるが、俺たちが全員ジャージを着ている中で、最上級生の女の子だけが、体操服と呼ぶには露出の多い格好でプリントを配る様子に、興奮しなかったと言ったら嘘になる。他の男子と同様に、生足剥き出しのお姉さんたちを見るのはうれしかった。


しかしそれ以上に、学校側の一方的な管理や自由の生活を強いられているという嫌悪感も強く、抑圧された学校やシステム全体に鬱陶しさを感じていた。

やがて俺のところにも先輩が近づいてきた。俺の列を担当するのは頭の上でくるりと髪の毛をまとめた童顔で小柄な先輩だった。太腿が若干肉付きが良く、歩く度にぷるぷると揺れている。

彼女がひとり前の生徒のところに立った時、俺は意図せずにその先輩の名前を知ってしまった。ブルマの正面に名前が刺繍で縫い込まれていたからだ。

白井さやか。

実はこの先輩のことは、顔をはじめとしてはほとんど何も覚えていない。可愛かったかもしれないし、普通だったかもしれない。俺の顔の前には女子高生の股間あり、視界には常にそれだけが見えているので、顔よりも太腿と腰の形と刺繍された名前だけが強烈に記憶されているのだ。

ブルマに名前がしっかりと書かれてることにも驚いたが、それ以上に、彼女にとってはまだ名前も知らない新入生全員に、一方的に剥き出しの下半身と名前を覚えられてしまう状況を不憫に思った。


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