投稿作品集 > 裏合宿 p.07
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■ Episode7 筋力トレーニング・5 ■
最初と同じように上体起こしから始める。腹筋は種目が多く、1サイクル目でも約四時間かかっていた。
全力を出し尽くしたリカにとってはただの上体起こしですら楽にはこなせず、一回目から辛い表情をしていた。
20回をしたところで、仰向けになって動けないでいる。午前中と比べてペースが遅いことは言うまでもない。
辛い。苦しい。限界。
彼女のすさまじい精神力がそんな言葉を吹き飛ばす。
リカ「(大丈夫、まだ動ける、諦めない!)」
ゆっくり、しかし力強く動かし続け上体起こし100回を終える。
*
次はV字腹筋50回だ。
両足と肩を地面から離しただけで全身が悲鳴を上げる。そのつらさは1サイクル目の比ではない。
リカ「うっ! ぐうううっふうう、ふう」
まだ一度もしていない。体勢をキープしているだけで声が漏れ、体がプルプルと震えている。
手と足が上がり始めたかと思ったところで力尽き地面につけてしまう。V字腹筋が一回も出来ないほど彼女は疲れ切っている。
リカ「はああっはあああっはあっっ」
体が思うように動かず悔しい。自分を甘やかすな。次に手足を地面につけるのは50回終えた時だ。絶対に。
自分で自分を奮い立たせる。動かない自分の体に罰を与えるようにリカは地面に頭を叩きつける。教官ではなく、自分で気合をいれなければ意味がない。
腕に力も残っていないリカの決意の罰。何度も叩きつけたその額からは血が出ている。
合宿所に来る前のリカは、可愛らしい女子高生という感じだった。大好きな恋人と一緒に部活を頑張る、思春期の女の子だった。
それがたった一日にして変わった。今はハルトのことは考えていない。ひたすら自分を磨き続ける貪欲なアスリートになっている。
教官2「続けるか?」
リカ「はい! お願いします!!」
先ほどと同じように手足をしっかり伸ばし、肩と足をゆっくり地面から離す。やはり震える体。歯を食いしばり必死にこらえる。
リカ「はあああああああ! はあああああああああ! はあああああああああ!」
叫び声をあげるたびに少しずつ持ち上がる体。
そしてついに……。
教官2「一回」
リカ「ふううあああ。ぐううううう。ふんんんん」
元の姿勢に戻るやいなやすかさず全身に力をこめ持ち上げる。
諦めない。絶対やり遂げる。そのまま30回までペースをほぼ落とさない。
リカ「はあ、はあ。ふぐううううううう、はあああああああ!!」
31回目。出来たように思ったが……。
教官2「膝が曲がってる。やり直し」
リカ「うっ。はい!」
V字腹筋では足をしっかり伸ばしたまま浮かせる。1サイクル目はなんてことなかったが先ほどスクワットで下半身を酷使した後では辛い部分も変わってくる。
相変わらず教官に遠慮する様子はない。これほど辛そうに筋トレを行っているリカにもシビアなカウントをする。だが教官はいたずらに厳しくしているわけではない。強い心を持つリカに対しての教官なりの愛情である。
そしてリカはそれに応えるように50回をやり遂げる。
リカ「はああ、はあああ、はあああ」
全身で息をし、けいれんするお腹を押さえている。
*
リカ「次は……足上げ腹筋……」
休憩もせずに、限界を越えた体に鞭を打って鉄棒に向かう。
今まで気にしていなかった時間制限。まさか24時間かけて終わらないかもしれない量を課されるとは思っていなかった。
教官2「トレーニング記録によると足上げ腹筋の時の負荷は両足3㎏だな」
おもりをつけられたらまともに歩くこともできない。そんな状態で足上げ腹筋50回を始める。
リカ「ううううううううう! ふううううんんんん!!」
教官2「49」
女の子とは思えないような唸り声をあげる。今はそんなことはどうでもいい。体に力が入ればそれでいい。
やり直しを含めればすでに70回はしている。いつまで限界を越え続けるのだろう。この子の筋肉と精神力はいつまで持つのだろうか。
次で50回目だがその一回がとてつもなく遠い。なんとか水平まで上げるもそこからが苦しい。
リカ「ふううっうううう。んん、んん」
彼女の心とは裏腹に徐々に足が落ちていく。
リカ「ぐっんん、まだ、まだあああああああ!!!」
一度落ちかけた足を気力で呼び戻す。しかしまだ半分。そこから30秒死闘を続ける。
リカ「はああ、はあああ、はあああ、はあああ、はあああ。があああ、ああああ、はああああ、ふうううう。ぐっ。ぐううううん、ぐんんんんん、ふううんんんんん」
一瞬でも力を抜けばたちまち足は落ちるだろう。リカの細く引き締まった足は少しずつ、少しずつ持ち上がる。
ズドン。
体が地面に落ちた。お尻は自分の作った水たまりでビショビショ。汗で手が滑ったのか、もう握力がなかったのか、鉄棒から落ちてしまったのだ。
いま一番つらいのは腹筋だ。だからそこに集中がいく。そのせいで限界がきている他の部分に気づかない。
教官2「イチからやり直し」
リカ「はい」
*
午後5時。足上げ腹筋が終わった。
握力が尽き、鉄棒から落ちたリカはそのままうつ伏せに倒れた。鉄棒を強く握りしめた手の皮はむけ、足には体を支える力もない。腹筋はこれ以上なく酷使され自分でどうなっているかもわからない。
次は逆さ腹筋。今までのどの腹筋より負荷が強い。しかもこれはまだ1セット目。地獄の2サイクル目まだまだ終わりが見えない。
リカ「(もうダメ、体が動かないよ……)」
ついにリカの心も折れかけていた。
教官2「次。逆さ腹筋だ」
反応がない。
リカ「(そういえば、罰しごきってどんなことされるんだろ。一日中しごかれるって教官は言ってたけど、今だって変わらないし。もしかしてそっち受けちゃうほうが楽なのかな)」
教官2「おい、どうした? 休憩か?」
リカ「いや休憩じゃなくて……」
ギブアップ。それを言えば今日の苦しみから解放される。
リカ「あの、ええっと、ギブアップ……しだぐ、ないです……!!」
大粒の涙をこぼす。心身ともにボロボロ。それでも彼女は楽な道を選ばない。目の前の試練から逃げない。それをしては自分が自分でなくなってしまう。
動かない体が勝手に持ち上げられる。
教官2「よく言った。お前はまだやれる。最後まで頑張れ」
はじめてだった。教官から褒められ、激励された。リカの体を支える教官の手は大きく、あたたかかった。
その言葉と手はリカの心と体を癒した。折れかかった心は治り、自然と力がわいてきた。
リカ「逆さ腹筋お願いします!」
足に紐が結ばれ逆さに持ち上げられる。
教官2「美しい」
リカ「え?」
教官2「なんでもない。逆さ腹筋はじめ!」
教官は思わずつぶやいてしまった。服がめくれて見えた腹筋だけではなく、腓腹筋、大腿四頭筋、上腕三頭筋、どの筋肉も完璧だった。
もともとリカは陸上部で毎日鍛えていて、腹筋はパンプアップすればシックスパックに割れるほどだった。午前中の教官もそれは見たはずだ。
だが今はそれだけではない。全身の筋肉はパンプアップし、たった一日とはいえ長時間汗を流し続け余分な水分が抜けた結果、より筋肉が強調され一時的とはいえ芸術的ともいえる肉体となっていた。
努力の結晶と呼ぶにふさわしいその体は更なる限界を目指し動き始めた。
教官はその姿にすっかり見とれてしまった。先ほどの美しいという言葉は実は筋肉ではなく、どんな試練を与えても折れない心に対して言ったのかもしれない。
*
気づけば午後6時、リカは2セット目の上体起こしまで終えていた。
教官2「(もう交代の時間か)6時だ、食事休憩のあと次の教官に代わって続きを引き継いでもらう」
リカ「はい、熱心なご指導ありがとうございました!!」
一人目の教官より厳しかったが、リカはこの教官の方が好きだった。それだけに最後の食事休憩は少しだけ寂しかった。
リカ「教官なんで最後カウントしてくれなかったんですか? 私叫びながら必死にやってたのにジッとこっち見てるだけで(笑)」
教官2「ん? ああ、カウントくらい自分でしろよ。俺だって六時間も見てれば疲れるんだ」
リカ「私は12時間筋トレさせられてるんですけど(笑)」
教官2「させられてるって言い方はおかしいだろ。この合宿はあくまで自主性だぞ」
リカ「それもそうですね。教官って明後日も来るんですか?」
教官2「なんだ、嫌なのか?」
リカ「いや全然! むしろ逆というかなんというか」
教官2「確認してないけど、たぶん明後日も来るな。今日よりしごいてやるから覚悟しろよ」
リカ「ぜひ(笑) あの、名前聞いてもいいですか?」
教官2「基本的に教官は名乗らないようにしてるんだが、まあいいか。長谷川だ」
リカ「長谷川教官ですね、覚えました」
長谷川「おう。おっと次の教官来たぞ。また今度な」
そう言うと教官は立ち上がり、三人目の教官にトレーニング記録を渡すと校舎の中へ帰っていった。
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