投稿作品集 > しごきレポート p.12

このストーリーは、bbs にて、のりぞう 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は のりぞう 氏にあります。



■ 田畑高校女子水泳部編 ■

県立田畑高校の最寄駅であるプラットホームには、田畑高校のジャージを着た女子高生の集団が電車の到着を待っていた。

田畑高校女子水泳部。

創部当初は鬼コーチとして知られていた塚本監督の指導の下、強豪校として名の知れた部活である。田畑高校女子水泳部の創部は昭和45年である。

設備の整った私立学校とは違い、公立高校である田畑高校にはプールは屋外プールしかない。そのため、プールに入って泳ぐ練習は必然的に夏場の時期しか行えないが、鬼監督として名の知られた塚本監督は、正月元日から冷たいプールの中で教え子たちを泳がせていた。

田畑高校は山に近い場所にある。そのため、冬場ともなれば山から冷たい風に乗って小雪がちらつく事もある。肌を刺すような寒風と小雪が舞う中、薄手のスクール水着しか身に着けていない女子部員達は、身を切る様な寒さに震えながら練習に挑んでいた。

「女子は男子と違って皮下脂肪が厚いんだ。何を寒がっているんだ。寒がっている暇があるなら、体が熱くなるまで泳げ」

これは、塚本監督の口癖である。プールサイドやプールの中でガタガタと震えている教え子たちにそう叱責して、彼女たち冷たい水の中で泳がせていた。


冬場に冷たい水の中で泳がせていれば、当然、体調を崩す部員も居るが、多少の体調不良でも部活を休まず、彼女たちは塚本監督の厳しい指導についてきた。

そんな厳しい指導も塚本監督の退任した後は行われなくなり、現在では、町内に出来た室内プールを借りて練習を行っているものの、“冬場の冷たい水の中で泳ぐ”という極限まで追い込む精神は今も息づいており、女子水泳部は毎年大晦日から元日に掛けて合宿を組んで、寒中水泳を行うのが部の伝統行事として続いている。

今日は、その田畑高校女子水部の合宿についてレポートしたいと思う。

秋山玲奈は田畑高校2年生。玲奈さんは水泳部のキャプテンである。彼女は去年に引き続き、2年生部員として水泳部の合宿に参加する事になる。

12月31日の午前中、田畑高校のグラウンドで陸練と呼ばれる陸上訓練が終わると、秋山さんは部員達に集合を掛けた。秋山さんの号令で部員達が集まると、臨海合宿の説明を行った。


「今から電車に乗って臨海合宿を行うけど、いいかな」

「ハイ」

「向こうには夕方ごろ到着する予定だけど、とりあえず、向こうに着いたらご苦労さん会を行いたいと思うけど、皆いいかな」

「ハイ」

「でね、肝心の寒中水泳は、一日の夜明け前から行うから、羽目を外さない様に、いいね」

「ハイ」

秋山さんの言葉に返事をする部員達。

「それじゃ、ジャージに着替えて駅まで移動するよ」

「ハイ」

秋山さんの指示で、半袖短パンと言う練習着の上にジャージを着ると、彼女たちは荷物を持って駅に向かった。


最寄駅から電車を乗り継いで二時間ほどで海沿いの町に辿り着く。夏場であれば多くの海水浴客で賑わう町も、冬場の時期は夏場の賑わいが嘘の様に閑散としていて、それが冬枯れた光景と相まって寂しくもある。

そんな海辺の町にある民宿に水泳部の一行が着いたのは、今年の最後の夕日が水平に沈みかけた頃であった。明日の朝、この水平線に一年最初の太陽が昇るころ、彼女たちは初日の出の日差しが照り返す海の中で泳ぐことになる。

吹き付ける海風は肌に冷たく、初めて寒中水泳を経験する1年生達は、暗い海を不安そうに眺めていた。

民宿を営む酒井さん一家にとって、礼儀正しく、素直で明るい水泳部の女の子達は一年に一回会う娘みたいなものだ。だから、酒井さんは翌朝、初日の出が昇るよりも早く冷たい海の中で泳ぐ少女たちの為に、とっておきの料理を作って彼女たちをもてなすのである。

部活を離れれば仲の良い友達か姉妹の様な水泳部員達。これは、過酷な練習を科せられていた時代からの名残の一つである。厳しい練習に耐え抜くには、仲間たちの団結力が不可欠なのだ。

酒井さんの心尽くしのもてなしを受けて、女子部員たちの会話に花が咲いた。そんな楽しくお話をしている彼女たちの会話に聞き耳を立ててみたいと思う。


「それにしてもさ、夏休みの強化特訓は苦しかったな。ホント、死ぬかと思いましたよ」

1年生部員の佐藤さんが身振り手振りで話しているのは、夏休みに行われる強化合宿の事である。夏場の強化合宿は、技術を向上させる目的よりも、精神的にも肉体的にも選手たちをとことん追い込む事に特化した合宿である。

強化合宿は二泊三日で行われ、この間、彼女たちはプールから一歩も出ることが許されていないのである。「一度、合宿が始まったら、合宿が終わるまで、水着が乾くことがない」と言われるほど過酷なもので、ほとんど休みなく長時間、プールの中で泳がされるのだ。

初めは順調に泳いでいた彼女たちも、三時間、四時間と泳ぎ続けていくうちに激しく体力を消耗して、虚ろな状態で泳ぎ続けるのである。

中には筋肉が痙攣して溺れたり、泳ぎながら嘔吐したりする選手もいるぐらい過酷なもので、休憩を与えられてプールサイドに上がるにも、身体の力を使い切ってしまい、何度も足を滑らせてプールに上がれない子もいるぐらいである。

何度も足を滑らせて、やっとの思いでプールサイドに上がると、真夏の日差しを浴び続けて、熱くなったコンクリートの上に倒れこむのである。


プールサイドに倒れこむと、水着を着たままおしっこを漏らしたり、嘔吐をしたりするのである。嘔吐をする子の中には出すものも出し切ってしまい、胃液しか出ない子もいるぐらいである。

僅かな休憩時間を与えられると、再び水着が乾ききる前にプールの中に突き落とされて、練習が再開されるのである。

午前8時に始まった練習も、夜10時になるとやっと終わりを告げて、翌朝まで休息を与えられるが、この休息も地獄である。栄養剤以外口にしていない彼女たちに初めて形のある食事が与えられるが、ダメージを受けた身体が受け付けるはずもない。

それでも、食事を摂らなければ体力が持たないので、彼女たちは口の中へ無理やり食事を押し込めるのである。

佐藤さんは、夏休みの強化合宿の事を思い浮かべると、目の前のおいしそうな食事も不味そうに見えてしまい、ゲンナリとした顔つきになったが、そんな彼女の目には、興奮の色さえ感じられた。

厳しい練習に耐え抜くには、被虐的な精神がなければ耐え抜くことが出来ないのかもかもしれない。


1月1日の未明。

夜が明けきらぬ浜辺に薄手の競泳水着姿の女子水泳部員達が集まっていた。

凍てつく海風が肌に痛く、どの子も寒さに震えて青白い顔をしていたが、薄手の上に、背中の方はお尻ぐらいしか隠れていない競泳水着姿の女子部員とは違い、耳あてをして首にはマフラーを巻き、厚手の手袋に全身を覆うベンチコート姿の女の子達がいた。

彼女たちは水泳部のOBである。OBの有志達は、元日早々、寒中水泳に挑む現役部員達のサポートに駆けつけてきたのだ。

「玲奈、あんた、キャプテンなんだから、部員達に恥ずかしい姿を見せるなよ」

「ハイ」

暖かそうな格好をしたOBの前で、ほとんど裸に居るのと違いないぐらい薄手の水着を身に着けた玲奈さんは、緊張した面持ちでOBの前に立っていた。


「レイちゃん、キミ、乳首が立っているけど、興奮してるの?」

別のOBがからかうように玲奈さんの胸元を指さした。薄手の競泳水着である。乳房の形が浮き出ている水着の胸元には、乳房の上を飾っている乳首の突起が見えていた。寒さの為に乳首が勃ってしまっているのだ。

「そんな事ありません」

玲奈さんは真剣な表情で否定したが、それが却って滑稽に見える。

「冗談だよ、冗談。寒いけど、頑張ってね」

そのOBは笑いながら玲奈さんのお尻を叩いた。

「それじゃ、準備体操をするよ」

玲奈さんの号令で準備体操を始める部員達。寒空に女子部員達の掛け声が響く。

「お前ら、気をつけて海に入れよ。絶対に無理はするなよ」

「ハイ」


準備体操が終わり、OBの言葉を聞き終えると、水泳部員達は一斉に海に向かって駆け出した。

水平線から顔を覗かせた初日の出の御来光を浴びて、黒一色の海面にオレンジや紫の色が差し、彩り鮮やかなさざ波の合間から「キャ~」とか「冷た~い」という悲鳴が聞こえてきた。

冷たい海の中で悲鳴を上げる部員達を、暖かな格好をしたOBたちが厳しくも温かい目で彼女たちを見守っていた。

「まだ、我慢できるだろ」

波間に浮かび部員達に声を掛けるOB達。

「はい、まだ我慢できます」

部員達も冷たさに負けじと答える。

「よし、校歌を唄え」

OBの命令で、冷たい海の中に身を浮かべながら一斉に校歌を唄い始める部員達。


「玲奈、あんたキャプテンでしょ。玲奈の声が一番聞こえないよ」

「すいませんでした」

OBの指摘に謝る玲奈さん。

私はキャプテンなんだから、私が頑張らないと。OBの指摘に気持ちを奮い立たせる玲奈さん。でも、冷たい海の中では思うように声が出ません。

「あんたの声が届かないと、皆、海から出られないよ」

OBの言葉に玲奈さんは、私の為にみんなに迷惑を掛けられない、そう思った玲奈さんは、

「私一人で頑張りますから、皆を海から上げてください」

と、OB達にお願いをした。


玲奈さんの言葉を受け入れたOB達は、玲奈さん以外は浜辺に上がる事を赦した。冷水を含んだ水着が肌にベッタリとついて、それに凍えるような海風が当たる度に体温を奪われ全身を震わせる部員達。

しかし、彼女たちは必死になって冷たさに耐え、ひとり海の中で校歌を唄い続ける玲奈さんを見守っていた。

「根性出せよ、玲奈」

OBからの挑発に打ち勝とうと、必死になって歌い続ける玲奈さん。でも、彼女の身体もかなり限界に近づいていた。

そろそろ限界かな……。OB達はそう判断すると、

「玲奈、よく頑張ったな。海から上がってこいよ」

と、波間に浮かぶ玲奈に声を掛けた。やっとの思いで冷たい海から出られた玲奈さんは、冷たい肌を砂浜に預けていた。


焚火の前で冷たくなった身体を寄せ合って暖め合う部員達。どの子の顔も真っ白で、唇は紫色になっていた。それでも、皆と一緒に寒中水泳をやりきったと言う充実感があった。

私もあのころに戻りたいかも。OBの先輩たちは懐かしくも羨ましそうな顔をしながら、満ち足りた顔を表情で肌を寄せ合っている後輩部員の姿を見つめていた。

こうして、田畑高校女子水泳部の寒中水泳大会は幕を閉じたが、水泳部員達には休みはない。明日からは学校に戻って、厳しい練習が始まるのである。

来年は引退の年。去年以上に頑張るぞ!!

部員たちに囲まれて、玲奈さんは心の中で固く誓ったのであった。

(終わり)


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