投稿作品集 > 瞳の告白 ~基本功編~
このストーリーは、bbs にて、MASU 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は MASU 氏にあります。
(なんでこんなところに来てしまったんだろう)
朝9時半。私はバレエ学校の第六課堂の隅でそんなことを考えていました。
ここは中国東北部にあるR舞踏学院。私は一昨年の国内コンクールで入賞し、スカラシップを獲得し、このバレエ学校へ留学しました。ここでは中国全土から選抜された500人の生徒が日々厳しい鍛錬を重ねています。
中国ではバレリーナとして賃金を得るには国立のバレエ団に合格するしか道はありません。そのため、プロを養成するための厳しい訓練を幼少の頃から仕込まれるのです。
日本のような「楽しいバレエ」はここにはありません。あるのは壮絶な競争と容赦のない鍛錬のみです。
「あんたたちは本当に硬い! もっと厳しくしなきゃいけないね!」
今日も私を含めて10名のバレエ少女が陳先生の地獄の柔軟訓練に顔を真っ赤にして耐えています。
今やっているのはバレエではありません。「基本功」と呼ばれる基礎レッスンです。鏡の真下にある荷物入れ(長さ15m、高さ50cmほどの箱)の上に片脚を掛け、15分耐えます。とても痛く、苦しいです。アキレス腱が切れそうな感覚すらあります。
私が痛みで顔を歪めていると、鏡越しで陳先生と目が合ってしまいました。数秒後、重さ60キロほどの「重り」が私の腰の上に落ちてきました。
「きゃあああああーっ」
意識が遠のくほどの痛みが脚に走ります。プチっという筋が切れたような音がした気がしました。
「うるさい! 今からあんたに課題を与える。自分で10数えな! できなきゃ日が暮れるまでこのままだよ」
陳先生の言うことは決して冗談ではありません。ここでは先生からの課題は絶対守らなければなりません。
事実、私は先週初等クラスの女の子がロビーで先生と居残りで柔軟訓練をしているのを見かけました。聞けば、午前中の柔軟訓練で「イス柔軟で泣かずに10分耐える」という課題がこなせなかったそうです。
そのクラスの課題をこなせるようになるまで他のクラスは受けられないのです。私はバレエの授業でも遅れをとっているので、基本功でつまずくわけにはいきません。
苦しいですが10数えます。
「い、イー アル サン スー ウー リョウ チー バー ジョウ シー 」
「あん? 全然聞き取れないよ! みんな、なんて言ってたかわかったかい?」
みんなは首を横にふりました。いつもは優しいクラスメイトですが、レッスンの時は別です。先生に逆らって自分も課題をやるはめになるのを恐れているのです。
加えて陳先生は極度の日本人嫌いなのだそうです。ときどきこうして私を個人的にいじめます。
私は痛みを我慢してもう一度先生に聞き取れるよう、大きな声で数を数えます。
「イー! アル! サン! スー! ウー! リョウ! チー! バー! ジョウ! …… シー! ぃ ああんっ」
数が増えていくたびに先生は容赦なく負荷を掛けてきます。私は思わず声を出してしまいました。
「その声はなんだ? 神聖な稽古場で娼婦みたいな声出すんじゃないよ!」
「対不起、老師……対不起……」(すみません、先生……すみません……)
「ふんっ。そうやって謝れば許してもらえると思ってるんだろう? これだから日本人は嫌いなんだ」
このままだとさらに柔軟の時間が伸びるかもしれない。そんな思いから私はひたすら先生に許しを請いました。
「対不起…… 対不起……」(すみません……すみません……)
先生はそんな私の態度が気に入らなかったのか、さらに捲し立てました。
「もういい! お前は罰として基本功が終わるまでブリッジしてな!」
「……明白」(……わかりました)
ブリッジはバレエ学校ではよく行われる罰です。しかし、ただのブリッジではなく、ブリッジしたお腹の上にバーベルの円盤(5キロ)を乗せなくてはいけません。
数分後、稽古場の隅では哀れな格好で、他の誰よりも顔を紅潮させている私がいました。
(なんでこんなところに来てしまったんだろう)
私はまたそんなことを考えていました。考えても考えても答えは出ませんでした。
しばらくして、瞳からあふれ出す涙が額に伝っているのがわかりました。
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