投稿作品集 > 新入社員営業研修 - 麻子 p.17

このストーリーは、bbs にて、たぐお 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は たぐお 氏にあります。



昼休み過ぎ、玄関ホールを通りかかった麻子は昨日に続き、白井と共に訪問した例の会社の課長と担当者を目にした。

今日はもう一人、50歳ぐらいに見えるが、中年太りとは無縁でスーツ越しでも筋肉質な身体をしていることが判るイカツイ男性が一緒だった。

麻子が駆け寄ると、先方も気付いて、立ち止まった。

「先日はご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」

三人の前に立つと、すかさず麻子は頭を下げた。

「あーいえいえ、お陰で私達もスッキリさせてもらいまして、お礼を言いたいぐらいですよ」

「えっ?」

「おい、課長、それは言い過ぎだろう」

イカツイ風貌の男性が課長をたしなめる。

「あ、すみません……」


麻子は話の脈絡が分からず、ポカンとしていた。その様子で課長は、麻子と部長が初対面と気付いて紹介をしてくれた。

「あ、ご紹介遅くなりました。こちら弊社の部長の青木です」

部長と聞いた麻子はそそくさと名刺を交換した。前回の失敗を挽回するチャンスと考えたのだ。じっと名刺を見つめる麻子は自分を見つめる部長のいやらしい視線には全く気付いていなかった。

「まぁ、ご安心ください。今日も先ほど、白井様にフォローをして頂きましてね、前回のことは水に流して、再度、ご検討させて頂くことになりましたから」

部長の一言に麻子の顔がパッと輝いた。

「えっ、そうなんですか?」

「まだ細かい詰めは残っていますが、まぁ、前向きに検討はしていますよ」

「あ、ありがとうございます!」

学生時代は頭を下げることなどほとんどなかった麻子だったが本心から頭を下げていた。

(あぁ、それで昨日もお越しになっていたのね。でも、白井さんは特別勤務って聞いていたけど……リカバリすることが特別勤務なのかしら……)


結局、金曜日も白井に会うことはできなかったが、翌週から白井は麻子のトレーナーとして復帰した。

白井と共に例の顧客を訪問することはなかったが、それ以外は特に問題なくOJTが進んでいた。

当然、麻子は廊下から覗き見た白井の痴態が気になっていたが、白井に聞くことはできなかった。もしかしたら、見間違いだったのかも知れないとさえ思い始めていた。

そして、それと同時に例の顧客の案件の進捗も確認できていなかった。あれをきっかけに白井が"特別勤務"とやらになったのは間違いないのだ。とても言い出せはしなかった。

OJTの中で失敗をすると、罰として、例の積み木が使用された。三種類の角と向きを駆使することが分かった。しかし、白井に罰を命じられるときは、同じ失敗を二度したときなど明確な理由があるときだけであり、それが内藤との大きな違いであった。

朋子がトレーナーに休憩室の床に正座をさせられたり、土下座をさせられたりしている姿は何度も目撃したし、美香がノーパンで外出させられたり、社内でノーブラにさせられるなど性的な罰を与えられているのを目撃していた。

他の二人のトレーナーのことはよく知らなかったが、麻子はトレーナーが白井で良かったと思っていた。


あっという間に6月も残り二週間となり、社内は6月末の決算に向け、慌ただしさを増していた。

そんな中、三人は再び内藤から幹部会議室に呼び出された。内藤から呼び出されるのは研修の三週目に指示棒でメッタ打ちにされて以来だった。

普段の業務の中でトレーナーによる体罰を日常的に受けているとは言え、内藤に受けた体罰と屈辱は常に常軌を逸していた。

突然の呼び出しに三人の顔には緊張が浮かんでいた。

席に腰掛け、ラップトップPCを開く内藤の前、円卓のほぼ中央で、三人は命じられた通り、ヒールだけを脱ぎ、それ以外は仕事中のスーツ姿のままの格好で正座をさせられていた。

「今日は罰を与える訳じゃないから安心なさい」

モニタから目を向けたままの内藤の一言に、三人の中にホッとした空気が流れる。


「今日、呼び出したのは例のNY本社への異動についてなんだけど、本当は9月に内示されるまで経過を報告しちゃいけないんだけど、あなた達が気になるのなら、教えてあげようと思って」

三人の顔に困惑の表情が浮かぶ。

「お、教えてください!」

最初に口を開いたのは朋子だった。

「小内さんは知りたいのね。他の二人はどうかしら?」

美香と麻子もゆっくりと頷いた。

「そう……じゃあ。教えてあげるわ。これによると、異動の候補者は47人いるそうよ」

(そ、そんなに……)

三人の顔が陰る。


「そして、今回の枠は7枠。けど、すでに3枠は確定してるわね」

「残り4枠ある訳だけど、一応、全候補者に順位が付いているわ。あなた達の中で一番順位が高いのは……小内、あなた14位、武本が18位、宮川は33位ね」

(えっ……)

三人の顔が一斉に曇る。

予想通りの反応に内藤は笑みを浮かべそうになりながらも、真逆の残念そうな表情のまま、続ける。

「今のままの順位だとしたら、小内は辞退者が10人出たら、武本は15人、宮川に至っては30人出なきゃ、異動の対象にはならないってことよ」

(そ、そんなぁ……)

厳しい現実を突き付けられ、思わず涙ぐんでしまいそうになる。

(あ、あんな……恥ずかしい思いまでしたのに……)


内藤に尻を叩かれたこと、イタズラされたこと、多くの男性社員の前でノーブラでブルマ姿を晒したこと、トレーナーに指示されて、柔らかな日が注ぐオシャレなカフェでお尻の下に積み木を敷いたことなどが思い出される。

「世間的には賢いことになっている、あなたたちならわかるでしょうけど、かなり厳しい状況よ」

(賢くなくたってわかるわ。30人も辞退なんて有り得ないじゃない……)

「要は、うちの会社の研修ではかなりキツい思いをしているかも知れないけど、このままだと報われないかも、ってこと。だからあなた達にこれからの方向性を選ばせてあげるわ。

一つは、奇跡を信じてこのまま続けること、もう一つはうちでの研修を終えて、自分たちの会社に戻ること。のんびりお茶汲みOLをしながら、寿退社ってのも悪くないんじゃない? どちらにするかはあなた達が選んで構わないわ。さぁ、決めなさい」

三人は急な展開に動揺していた。足の痺れも忘れて必死に考える。いくら考えても、どちらの結論も自分たちの望む未来にはほど遠いことは間違いなかった。


「小内さん、どうかしら?」

「あ、あの……ま、まだ、決まってません……いや、この研修をやめて帰ることは絶対ないんですけど……」

「武本さんは?」

「わ、私も、お茶汲みOLになるつもりはありません! け、けど、どうせ選ばれそうもないなんて……」

「そう。宮川さんは?」

皆、歯切れが悪い。聞きたいことがあるのだ。そして、その聞きたいことは三人とも同じだという確信が麻子にはあった。

「私もこのまま続けたいと思っています。…………伺いたいんですけど、そ、その……私たちが後半に一気に順位を上げる方法ってないんでしょうか?」

横目で美香と小内が目を輝かせたのが分かった。しかし、答えは無情だった。


「ないわ」

「えっ?」

視界が真っ暗になるようだった。

「だって、考えても見なさい。あなたたちも後半がんばるでしょう。でも、他の人達も同じようにがんばるわ。ごぼう抜きなんて都合の良い話、ムリに決まってるでしょう、正攻法では」

内藤の言うことはもっともだった。しかし、何かが引っ掛かった。

「正攻法では……ですか。じゃあ、も、もし、奇策、を使えば何とかなるってことですか?」

朋子が喰い付いた。そうだ、正攻法ではムリということは……。

「あらあら、エリートコースを歩んできたあなた達がそんな邪道に手を染められるのかしら?」

茶化すように言われても、今は気にならなかった。邪道と言われようと、方法があるなら知りたかった。


「教えてください! どうすればいいんですか!?」

「そうねぇ……。あなた達にはムリだと思うけど……営業が評価されるには予算を達成しなくちゃいけないのよ。現状のままだと、予算達成は70%程度。あなた達の評価は更に落ちてしまうわ。でも、逆に、あなた達の力であと350件契約を取って、予算を達成したらどうかしら?」

「えっ、さ、350件ですか?」

これまで三人で契約成立したのは、個人・法人合わせて30件程度だった。たった二週間で350件とは全く現実的ではなかった。

「350件なんて……絶対ムリじゃないですか!?」

「そうでも、ないわ」

「えっ!?」

「今、法人様に提案中の案件の見込契約数上位のアカウント四つを合算すると、約400件になるわ。もし、その4件を今月中に受注することができれば大逆転よ」


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