投稿作品集 > 静香と香澄 p.28

このストーリーは、bbs にて、鳳仙 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は 鳳仙 氏にあります。



『……さては、お嬢様のお口の仕業だな……?』

酷い事を面白可笑しく言ったに違いない。全く困ったお嬢様よと、村岡は顔をしかめた。

「お嬢様、お持ち致しました。……ところで、彼女らは笑いを堪えているように見えますが、何か御座いましたか?」

幼女は、道具を物色しながら、

「何もないよ。……ねえ村岡、これ痛い?」

あっさり否定し、ケインを片手に訊ねた。上手く話を逸らされ、村岡は追求を止めた。そして、裕美がケインを手にした事に、少々驚いた。

『この御年で、真底ドSに有らせられる……』

数ある道具の中で、最も軽量且つ、最も痛みを与えるケイン。それを選出した幼女の素質に、改めて舌を巻く思いである。

「左様、確かにお痛く御座いますよ」

そう答えるより他ない。すると裕美は、満面の笑みを浮かべた。


「だと思ったっ。じぁあ村岡っ、歩美が逃げないよう、頭の方から身体を押さえててっ。……そして歩美っ、お前は四つん這いになるのよっ!」

幼女はそう指示を出すと、歩美のお尻の方へと回った。

歩美がとる姿勢は、手足を真っ直ぐ伸ばした四つん這いであり、村岡は屈んでその両肩を掴んだ。当然、歩美のお尻は裕美と後輩達に突き出す格好となり、村岡のみ、それを拝む事が出来ない。

「……?」

村岡は、再び怪訝そうに眉をしかめた。何故なら、歩美が四つん這いとなるや、見学しているメイド達が一斉に俯き、或いは顔を背けたからである。しかも、三人とも顔を紅くして小刻みに震えている。その様子は、どう見ても笑いを堪えているようにしか見えない。

『何だ? 彼女らは、何を可笑しく思ってるんだ……?』

彼は、不謹慎な三人を叱りつけようかと思ったが、それをやると歩美を傷つけてしまうと考え直した。そして、不問にする代わり、三人には更に辛い罰を与える決心をした。


「じぁあ今から始めるよ~っ。歩美~、お仕置きだけど、私の気の済むまで叩くからね~? そして、叩かれたら、反省とお礼を言うんだよ~?」

間延びした喋りは、厳粛さの欠片もない。代わって、遊戯めいた雰囲気が漂う。

「……あい……お嬢だま……」

「いい事? この悪いお尻を躾てやるから、有り難く思うのよ?」

「ひぐっ……あ、あい……お嬢ざま……」

涙、鼻水にまみれた顔で、歩美は答える。その異常な泣き顔に、村岡も不審が消えない。屈辱的な言葉だけで、一女性がこうまで嘆くものかと思えるのだ。

そして、その彼の疑念を逸らすかのように、幼女によるお尻叩きが開始された。

びしぃっ!

「くうぅっ……! お嬢ざまっ、もうちわけありまぜんでしたっ……。お仕置き、あ、ありがどう……ございまずっ」


幼女の懲擲は、やはり想像の範疇ではあった。非力な分、さして強くもなく、裕美自身体力の無さに自覚があるのか、力任せな感はない。

にしては、歩美の泣き方は大袈裟といえた。或いは、昨夜のお仕置きのダメージが残っていたのかも知れない。とにかく彼女は、泣きじゃくりながら、裕美や後輩メイドに尻振りダンスを披露し続ける。

「ひいぃぃぃっ! ……お、お嬢ざまぁ……もうじわげありばぜんでちたぁぁっ……。おじおぎっ、ありばとうごらいまずぅぅっ……!」

「そうそう、その調子っ。お前はメイドの分際で私を叩いたんだから、これくらいは当たり前よっ!」

幼女の叱責と懲擲は、少しずつ激しさを増した。村岡は、そんな幼女に不快感を抱きつつ、沈黙を守っていた。

「ふう、ちょっと疲れたわ」

およそ30発は叩いたであろう。裕美は一旦手を止めると、ケインを左手に持ち換えた。そして、歩美の右側へと移動する。


「ほらっ、お前達っ、余所見しないで、歩美のお尻見るのよっ! 見ないと、歩美と同じ目に遇わすわよっ!」

裕美の叱責に、三人は顔を上げた。相変わらず、顔をひきつるように歪めては、小刻みに震わしている。

それを確認すると、裕美は再びケインを振るった。軽快な懲擲音と共に、歩美の謝罪とお礼が涙声となって返ってくる。そして、無様な尻振りダンスも、それに合わせるかのように始まる。

「ぷはっ!」

溜まりかねたように吹き出したのは、未来であった。それに釣られ、友美と範子も相好を崩した。

最早、何らかに笑ったのは間違いない。村岡は、裕美に待ったをかけた。

「お嬢様、暫しお待ち下さいませ」

そして立ち上がり、歩美のお尻の方へと回った。


『これは何という仕打ちを……』

彼は絶句した。それもその筈、なんと歩美のお尻には、黒のマジックで顔が描かれてあったのだ。左右の臀部に、それぞれの目。そして、お尻と太ももの境に、口。

成る程、これならお尻を振る度、描いた顔が面白可笑しく表情を変えるであろう。見る側からすれば、笑って然るべきものである。が、された側からすれば、例えようのない屈辱に浸される。特に長でありながら、後輩に笑い者にされた歩美の気持ちを思うと、慰めの言葉すら見つからない。

「お嬢様」

厳めしい顔の執事に、裕美はおどけた。

「なぁに? 村岡っ?」

「歩美さんのお仕置き、終わりで宜しいですね?」

「……まだ叩き足りな……」

「宜しいですねっ? そして、怨恨はお忘れになさいますね? それとも、旦那様にご報告なさいましょうか?」


声こそ静かなれど、村岡のいつにない険しい顔に、裕美もさすがに折れた。

「わかったわよ……。終わりっ、そして昨日の事は忘れるわっ。じゃ、後は適当にやっといてっ」

そして、幼女は逃げるように部屋を出て行った。

「歩美さん、貴女は朝食を済まし、休んでなさい。そう……午前中は何もしなくて結構ですから」

精神的なダメージ大と見た彼は、優しく歩美にそう言った。尚、慰めが足りないと思ったか、彼女の肩を抱くと、彼女が起き上がるのを手伝った。

「このような事は、今後一切させませんから……。お辛かったでしょう」

何はともあれ、村岡がこのように優しい言葉を掛けるのは、珍事に等しい。それだけに、歩美も涙ながらに頷いた。大丈夫です、という意思表示である。


歩美が去ると、三人のメイドと村岡だけとなった。

「さて……貴女方は、自分達の長があのような目に遇ったというに、よく笑ってられましたね? ……特に範子さんっ。貴女が今回の張本人でしょ? そんなに歩美さんのお尻が可笑しかったですか?」

「村岡様、申し訳ございませんっ」

「謝らなくていいです。それより質問に答えなさい。可笑しかったですか?」

三人は、顔を見合わせた。どの顔も、不安の色が濃く表れている。

「あの……私が笑ったのは、お嬢様がお尻をお振りになりながらお叩きになっていたので……」

範子の返事だが、これは嘘ではない。確かに落書きされたお尻も可笑しかったが、一心不乱にケインを振るう裕美の、オーバーリアクションでお尻を振る様は、実に滑稽に映ったのだ。

が、村岡からすれば、埒のない言い訳に過ぎない。彼は、珍しく怒号を発した。


「お黙りなさいっ!」

どんなに腹を立てていても、落ち着いた声色で話す彼である。それが怒鳴ったのだから、三人の恐慌は言うまでもない。

ほぼ三人、同時に土下座した。

「「「申し訳ございませんでしたっ! どうかお許し下さいっ!」」」

卑屈なまでの態度だが、村岡の怒りは収まらない。

「お許し下さい? 誰に何の許しを乞うんですか?」

村岡の反問に、三人は失言を覚った。慌てて、範子が発言の訂正をする。

「いえ、申し訳ございませんっ。私共に、厳しい罰をお与え下さいっ」

「当然です」

依然、不愉快そうに彼は言い捨てた。そして彼は、ケインを手にする。


「では三人共、服を全部脱ぎなさい。未来さん、友美さん、そして範子さんの順番でお仕置きします」

三人のメイドは、一糸纏わぬ姿で村岡の前に整列した。昨夜に続く全裸直立ではあるが、見学人がいないせいもあり、羞恥は幾分マシである。が、村岡が常と違い、心底腹を立ててるだけに、彼女達の怯えも半端ではない。先程と違う形で、各々裸身を震わしていた。

「揃いも揃って貴女方は何を考えてるんですか? 昨夜もお仕置きされ、また、帰りに注意を受けましたよね? お尻を叩かれたくらいでは、物足りないのですか?」

「い、いえ、そういう訳では……」

「ならば、どういう訳ですか? 遅刻なされた範子さんっ」

「……」

「反省もせず、歩美さんのお仕置きを笑うなどとは……。分かっています? 本来、貴女だけのお仕置きなんですよっ?」

「……」


「いつも私が言ってますね? 自ら望んでこの御家に来たからには、誠実と謙虚をもってお仕えなさいと。それが、規則を破り、反省もなく人の不幸を嘲笑う。今の貴女は最低ですよ?」

執事の説教に、範子は項垂れ聞いていた。が、余りにくどい言い回しに、反感を覚えた。

『誠実? だったら旦那様と静香様の不義を、手助けする貴方こそどうなの? 大旦那様に対して、村岡様こそ不誠実ではないんですか?』

そう言いたくなる。

「範子さん、どうなんです? 昨日あれだけ言われたにも拘わらず、遅刻なされた。弛んでる証拠ですよね?」

真綿で首を絞めるような言われ方に、範子は苛立った。

『遅刻の理由? 言っちゃおうかしら……?』

そして、不貞腐れたように村岡を睨んだ。


「どうしました? 言いたい事があれば、どうぞ仰って下さい」

村岡は、彼女の反抗的な態度に些かも動じない。むしろ、範子の発言を待ち構えている感さえあった。そして、その彼の毅然とした態度が、範子の感情的爆発を抑えた。

『そうだ……今ここで事を暴露してもしょうがない……』

朝見た光景を洗いざらい言ったところで、肝心な証拠がない。それに頭の切れる村岡の事だ、言葉巧みに誤魔化すだろうし、最悪、遅刻の言い訳に虚言を吐いたと冤罪を着せられるかも知れない。

つまり彼女は、遅刻の原因となった主筋の秘め事を、暴露してもしなくても自分は罰を受けざるを得なくなると気付いた。ならばこの秘密を秘匿し、後の事に利用すればいいと思い直した。

『……これは二階堂家の一大スキャンダル……。軽はずみに披露するよりは……』

ともかく、主と静香ができてる事は間違いない。二人を注意して観察していれば、必ず証拠を収めるチャンスがくる筈である。そうなれば、主家を強請るも恥をかかすも、思うがままとなる。


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