投稿作品集 > 静香と香澄 p.26

このストーリーは、bbs にて、鳳仙 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は 鳳仙 氏にあります。



「……どうしたの? 祐輔さん?」

押し黙った自分へ、静香は心配そうな顔を向ける。祐輔は、思いきって事実を話そう、そして改めて自分の今の想いを打ち明けようかと考えた。

『……静香は許してくれるだろう……。しかし、やはり言う訳にはいかないっ』

暗黙の了解で結ばれた肉体関係。自分の想いを打ち明ければ、関係を壊す可能性がある。

「静香、以前晴美の悪意を打ち明けた時、僕は晴美と争う事が出来ないから、お前達に注意するよう言った」

彼の改まった様子に、静香も言葉を改めた。

「はい、お聞きしましたわ」

「それを訂正するっ。家のお仕置きは、全て僕の裁量で行うと晴美に告げるっ。アイツの意に反し、争う事になろうと、お前と香澄に勝手はさせないっ!」

これは静香が提案した、「香澄に手を出させない代わり、自分がどのようなお仕置きでも受ける」という妥協案すら、不要となる宣言である。

無論、静香にすれば有り難い事この上ない。が、静香の不安そうな色は晴れない。むしろ、濃くなった感さえあった。


「……祐輔さん、それは嬉しいお言葉ですが、晴美さんと争えば、仕事の方に差し支えが……」

「うむ、あるだろうっ。だが、晴美の顔色窺いながらこの先続けるより、アイツを教育し直す方がいいっ。僕が家長っ、四の五の言えば、晴美をお仕置きするだけだっ!」

彼はそう断を下し、静香をギュッと抱き締めた。

「静香、お前を衆人環視の中辱しめるような真似は二度とさせないっ! 無論、香澄もだっ!」

「……ゆ、祐輔さん」

静香の顔に、漸く安堵の色が浮かんだ。

それから二人は、浴室で三度となる情を交わし、帰り支度をしてホテルを出た。

「うん、朝食までには十分間に合うな」

タクシーの車内で、祐輔が呟く。


「……香澄にバレてないかしら……?」

と、これは静香。

「大丈夫だ、村岡に頼んでいる。彼が僕らの不在を分からぬようしている筈だ」

「村岡に? ……祐輔さんって、よほど彼を信頼してるのね?」

静香は顔を赤らめた。自分と祐輔の事情を、村岡に知られているのが、気恥ずかしくもあり、合わせる顔が無いような気になるのだ。

「ああ、村岡は父に大恩があって、二階堂家に誠心誠意仕える執事だ。主筋の事を常に考えるから、秘密の漏洩は心配ない」

彼の言葉に、静香は首を傾げた。

「じゃあ、もしかしたら私達の事、祥一さんに話すおそれとか……」

「それはない。村岡は父とお前の再婚に反対していた。それはお前が嫌いとかじゃなく、父の好淫を懸念してだ。つまり父の年を慮り、静香との交わりで身体を壊すのを心配していたんだ。それに……事実を告げて、寝たきりの父の心気を昂らせるほど、村岡は頭の回らぬ男じゃない」


静香は感嘆した。そして、そこまで深く考える村岡を、見直さずにいられなくなった。

「そしてついでに言うと、僕と晴美の結婚にも反対してた」

「えっ? それはまた何故っ?」

晴美は二階堂グループに吸収合併された、大手『藤原グループ』嫡流の長女である。組織の磐石を考慮すれば、良縁と云えるのではないか? 村岡は何が気に入らなかったのか? と、静香には思えた。

「村岡は、藤原一族の勢力が強まる事を憂いていた……。だから内心では、晴美を警戒している」

なるほど、二階堂にとって、村岡は得難い執事に違いない。静香は、彼が祥一から受けた恩を訊ねようとしたが、タクシーが家の近くで止まった為、聞きそびれてしまった。


「やばっ、遅刻遅刻っ。朝食までには行かないとっ」

二階堂家のメイド範子は、閑静な高級住宅街をひた走りに走っていた。そして間もなく、その目的地でもある、一際大きな豪邸が見えた時、彼女はある光景を目にした。

『旦那様に静香様っ!?』

仲良く寄り添いながら歩いてくる主筋二人に、彼女は慌てて身を潜めた。

『……裏門から……? それに朝帰りみたいな……? えっ? ええっ? ま、まさか旦那様と静香様がっ!?』

朝早く、しかも主達が正面から入らず、裏門から入るとは、彼女ならずとも怪しく思えて当然であろう。範子は、二人が裏門を潜ると、こっそり跡をつけ、様子を窺った。

旦那様と静香様、お二人のお姿は、ドアの入口でお止まりになる。そして在ろう事か、辺りをお見回しになられると、濃厚な口づけをお交わしになられた。範子の驚愕はいうまでもない。

『何となく最近お仲が怪しいと思ってたら……』

まさか、奥様のご不在に、お二人のお仲が、ここまで進んでおられたとは。


しかし、これはえらい事である。祐輔は主で、妻は晴美。静香は祥一の後妻で、祐輔にすれば義母に当たるのだ。浮気や不倫という形容が、生ぬるく感じる程の背徳である。

『とんでもないものを見た……』

すると、ふとドアが開いた。中から顔を覗かせたのは、村岡であった。

「旦那様、静香様、お帰りなさいませ」

執事は、深々と頭を下げて挨拶をした。

「変わりはないか?」

祐輔は静香の肩を抱いたまま、そう訊ねた。誰にもバレてないだろうか、という意味だ。

「お変わり御座いません。が、範子さんが遅刻なされたようです。見つからない内にどうぞ中へ」

彼は二人を促し、邸内へと姿を消した。


『……村岡さんが出迎えた……。これはどういう事……?』

範子は疑心に駆られた。二人の仲を承知となれば、これはいよいよ由々しき事態である。村岡の、二階堂に対する忠誠心を知りすぎる程知っているだけに、先代に対して不誠実ではないか、と思えたのだ。

そして彼女はハッとした。思わぬ光景に出くわしたが為に、自身、完全な遅刻となった事。

しかも厄介な事に、主筋が入ったばかりのすぐ後から入る訳にもいかない。どう考えても秘密事項に違いないであろうから、発見者として疑われる行為は避けるべきだ。

『仕方ない……どの道遅刻は遅刻だから、少し時間を潰そう……』

「何遅れてんのっ、範子っ! アンタ昨日の今日で遅刻なんて、お仕置き確定だからねっ!」

「も、申し訳ありませんっ! 旦那様、皆様、申し訳ございませんっ!」

主筋の朝食時、漸く姿を現した範子。顔を出すなり、長の歩美から叱責を受けた。


「おとおたま~。もぐもぐ……範子が遅れたけど、これって歩美の監督……もぐもぐ……不行き届きだよね~」

フレンチトーストを頬張りながら、裕美は歳に似合わぬ難しい言葉で言った。

「裕美、行儀の悪さもお仕置きになるぞ。食事中、喋るもんじゃないっ」

「ごめんなたぁい、おとおたま……もぐもぐ……」

祐輔は食事が終ると、食堂の壁際、整列しているメイド達を見渡した。無言であるが、考えている事は裕美と同じである。

「村岡」

「はい、旦那様」

「昨日の今日でこれだ。メイド達にしっかり教えてやれ。お前の裁量に委せる」

彼はそう言うと、席を立った。その瞬間、メイド達に失望の色が浮かんだ。範子だけなら、彼女の名前だけしか言われまい。メイド達、という事は、連帯責任で全員という意味である。


「畏まりました、旦那様」

村岡は深々とお辞儀をすると、退室する主を見送った。そして彼はメイド達に目を向け、

「皆さん、お聞きの通りです。一人範子さんの失態ではなく、皆さん全員の失態として、受けていただきますからそのおつもりで」

いつもの温和な顔で、お仕置きの宣告をした。これに無邪気に喜んだのは、やはり裕美である。

「きゃはっ! 歩美もお仕置きっ! 歩美もお仕置きっ! ねえ村岡っ、私に歩美のお仕置きやらせてっ!」

「裕美お嬢様、残念ですが、お仕置きの執行は私めの仕事に御座います。それにお嬢様は、保育園に行かれるのでしょう?」

「今日は休みだよっ。ねえ村岡っ、歩美だけでいいからっ。お願いっ! お願いっ!」

駄々る裕美だが、村岡は動じない。先程と同じ返事を繰り返すのみだ。


「裕美ちゃん、そんなに村岡を困らせたらダメよ?」

食事を終えた静香も、裕美を優しくたしなめる。が、言うことを聞くどころか、幼女は益々意固地になった。

「やだやだやだぁっ! 歩美はねっ、裕美お嬢様がお仕置きするのっ! ……ねぇ、静香おば様からも、村岡に頼んでっ」

ここで食事を終えた香澄は、面倒に巻き込まれない内にとばかり、こっそり退室した。それを見て静香も、

「あ、そうそうっ。裕美ちゃん、おば様ね、お爺様の所に行かなくちゃならないのっ。だから、お話は後でねっ?」

そう言って逃げた。

部屋には裕美、村岡、メイド達四人が残った。因みにこの場にいない佳美であるが、当直明けで今日は休みである。その中で、幼女の懇願は尚も続く。


「ねえねえっ、村岡っ。村岡がお仕置きを決めれるんでしょっ? だったら私に叩かせたっていいじゃないっ!」

中々鋭い事を言う、と村岡は思った。『裁量』の意味は知らないであろうが、お嬢様はお仕置きの権限が主でなく、自分にあると分かっているようだ。

「裕美お嬢様、なぜ歩美さんをお仕置きなさりたいのですか?」

根負けした形で、執事はお嬢様にそう訊ねた。

「昨日、私が歩美にひどく打たれたからっ!」

「……なるほど。お嬢様、しばしお待ちを」

村岡は、答えを保留にして、歩美の前へと歩を進めた。そして、ひきつるように顔を強張らせた彼女へ、そっと囁いた。

「歩美さん、どうやらお嬢様は貴女に意趣をお含みのようです……。で、いかがですか? お嬢様のお願いをお聞きになり、それをお晴らしになりませんか?」


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