投稿作品集 > ある社員のつぶやき p.36

このストーリーは、bbs にて、ロッキー 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は ロッキー 氏にあります。



(4)

私はアンドロイドの前に走ってきました。一週間程前に起動してるのを見て以来。

体格は大柄、寸胴で短足(俗に言うメタボ体型)、そのせいか走るのは遅い。体重は600kgもあるけど、イスに座っても壊れないし自転車にも乗れる。

額にはウチの社章がついてる。顔はなんていうんだろう。ゆるキャラみたいな感じね。(ウチのマスコットキャラクターっぽい)

「ええっと、ナツさん? こんにちは」

「どうかなさいましたか? 七海社長。ナツは『人工知能の品名であり、私、個体を指す名前ではありません』。私はワガハイという名前を頂きました」

「ここ数日、どんなことを学習したか教えてくれないかしら?」

「はい。人間は気合を入れるために、強力なパンチを腹部に入れたり、裸で仕事をしたり、女性の胸を揉むのですね。とても興味深いです。

私はこのフロア全体を常に動体センサーで感知してます。最新の情報は、衛星から受信していますが、私が欲しい情報はネットワークに接続し、自分で探すしかありません。ちなみに、一度接続すれば、地球上のあらゆるネットワークに接続可能です」

ああ、やっぱり、場所が悪かったわねぇ。とりあえず『卓球でも』やっててなんていうんじゃなかった。ちなみに、服は男性用のスーツを最初から着てた。


「それ、忘れてくれないかしら?」

「何故ですか?」

「ううんっと。誤解があったみたいなの。やっぱり、ちゃんと、しっかりやったほうが良いと思うの」

「パソコンみたいに、初期化しちゃえばいいんじゃないですか?」

横でやり取りを見ていた明智君。

「初期化かぁ。良いアイディア。でもどうやって?」

「添付のユーザーサポートガイダンスCD、4124項目目にあるとデータにあります。私に、不正アクセスでメモリー削除を試みた時に備えて、小町博士達が私では作業できないようにしたとメモリーにあります」

「それはどこに?」

「梱包時は完全停止していたので。ユーザーサポートダイヤルに電話しますか?」

「ユーザーサポートダイヤル? お客様相談室みたいなものかしら?」

ワガハイさんが、カッターシャツのボタンを外し、胸がカパッと開くと、小型のディスプレイが出てきた。MINAMOTOの刻印がある。

「古いタイプね」

「私のパーツは、研究棟やA寮にあったスポンサー企業から贈呈された製品を再利用しています」

ようは、在庫とか型落ちとか、これ幸いと売りつけられちゃったわけね。


一応タッチパネル。マイクもある。

「音声検索しますか?」

「初期化」

「恥ずかしがらずに、もう一度大きな声でお願いします」

「初期化?!」

「もう少しハッキリお願いします」

「初期化!!!」

「音声が正しく認識されません。衛星通信を利用しての、オペレーターへの通話を希望されますか?」

そういうのあるなら、先に言ってよ。

「ええ、お願いするわ」

トゥルという接続音とガイダンスが流れる。女子高生の声がする。高校生かはわからないけど、かなり若い。

『この通信は、15秒ごとに、10円の料金がかかります。よろしければ、タッチパネルをタッチしてください』

タッチが認識されない。感度悪! さっきのマイクといい、どこのメーカーよ!

『なお、この通信は、お客様へのサービス向上のため、録音させていただきますので、あらかじめご了承ください』

結構、本格的ね。


『お電話ありがとうございます。K&S3&Mスマイル警護・お客様サポートセンターです。人工知能についてお問い合わせの場合は「1」を。ヒューマノイドについては「2」を。保守点検のご用命は「3」を。その他、緊急時などオペレーターが必要な場合は「4」。もう一度、お聞きになりたい場合は、シャープを押してください』

大きな画面があるんだから、表示すれば良いんじゃない? 画面の中心に、テンキーみたいなのデカデカと表示するなら。

「どっちだと思う?」

明智君は2だと思うらしい。斑目さん達も意味がわかったのか、近くでみている。1と2で割れてる。プログラムなのか、それとも物理的な問題なのか。

面倒だから4。

『オペレーターに接続します』

癒し系の音楽が流れる。

『ただいま、接続しています。お急ぎのところ誠に申し訳ありません。ただいま接……』

「お待たせしました。スペシャルオペレーターの渡辺でございます」

高校生? そりゃそうか。


「本日はどのようなご用命でしょうか?」

「ええと、アンドロイドが見た物を削除したいのですが……」

「申し訳ありません。お客様情報のご確認をいたしますので、左肩のところにある、『座右の銘、個体ID』をおっしゃっていただけまでんでしょうか?」

なんて書いてあるのかしら? 崩してあって読みにくい。

「ちょっと明智君読んで。背が低いから肩よく見えないの」

「『001』って書いてありますね」

「かしこまりました。少々お待ちください。確認が取れました。源化学工業株式会社・技術開発局様ですか?」

「はい。そうです」

「ユーザー様確認のため、創立記念日と、ご登録の電話番号、管理責任者のお名前をお願い致します」

「めんどくさいわねぇ。省略できない?」

「産業スパイがなりすましている可能性がございます。当社のメインバンクからもMSOを順守するよう、指導されたばかりでして。もしかしたら、これ自体が、抜き打ちテストの可能性もございますので」

私、そのバンクより、上の人間なんですよ。副総帥ですよ。


(5)

「ミナモトコンツェルンのものなんですが?」

「おや、登録と違いますね……」

「機密保持システム起動。機密保持システム起動」

ワガハイさんの全身が真っ赤になりました。

「え? 何? 機密保持?」

PCでマニュアルみていた明智君が苦笑い。

「社長、まずいですよよ。機密保持システムって、半径100km巻き込む爆発あるみたいですよ。ようは起爆装置みたいです」

「なんで、そんなものが高校の研究室にあるのよ?」

「なになに、ああ、これ組み合わせですね。よく出来てますよ。リコール品を入手したみたいですね。確かにこういうこともできるなぁ。見てみろよ」

開発営業課のみんなはなんか楽しそう。

「柳生課長も、感心してないで、これを解除する方法を探して。尾形課長も何かアイディアを出して」

「思いっきり殴ってみます? 壊れた電化製品、だいたいこれで直りますよ。人工皮膚だから、そんな痛くないと思うんで大丈夫ですよ」

そのショックで爆発したらどうすんのよ!

「あれ? 尾形さん課長にご昇進ですか?」

「さっき言われたぁ」

明智君、今、そういうこと良いから。


「ええっと、渡辺さんだっけ? 冗談よ。そうよね、MSOは大事よね。正しく運用されてることができて安心したわ。源化学工業であってるわ。電話番号は######か######かしら」

「機密保持システム、警戒レベルが3に下がりました」

0じゃないのかよ! まだ、信用してないのね。

「初期化は『ナツ』をですか、それとも一次メモリでしょうか? バックアップですか? 記憶そのものでしたら、『管理権限のあるユーザーアカウント』から、お問い合わせいただかないと。こちらは『サブアカウント』になります」

何を言ってるかさっぱりわかんないわよ。6才児に説明できなければ、理解したとはいえない byアインシュタイン。

「詩織さん。アカウントの切替をしました」

なんだ。ワガハイさん、今の状態でも喋れるじゃん。渡辺詩織??? どっかで聞いたような……。さっき言ってた渡辺さんとこの娘さんね。従業員は何人いるのかしら? ガレージベンチャーにしても、もう少しいるでしょう。

「現在はどういった状態でしょうか?」

「ええっと、機密保持システムレベル3。なんでも、私が失敗作だったようで、工場出荷時の状態に戻したいそうです」

「バグ持ちはプロトタイプの宿命です……。残念ですが、ナツはスクラップにしましょう」

スクラップ? 壊しちゃうってこと? なんか、私のせいみたいになるのイヤねぇ。


「結構! 彼自身には、問題はないの。よくやってくれてると、高く評価しています。近日中に正社員にしようかと思っていたところです」

とりあえず、褒めておこう。実際、よく一日中、卓球をしていられると斑目さんが褒めていた。

「本当ですか! 明智さんから聞いて、是非、開発営業をやってみたかったんです!

あと、2Gのみなさんのお仕事も、規則正しいので、いつも卓球をしながら学習しているのと、ネットワークに繋いでもらったので、研究所・関連工場の設備の全スペック、工程表、過去の実験データ、営業記録、取引先の与信状態、取引先の取引先情報とか、全部頭に入ってるので、対抗可能だと思うんです。

1Gの業務はまだ、データ不足で、ランダムなものが多く、最適化出来ないので、対応できないと思います」

ワガハイさん凄く嬉しそう。

「いやいや、工程は常に変化してるからね」

「一度ハッキングしたネットワークには、自動アクセスできるので、リアルタイムで最新の情報に更新されてます」

開発営業は『こっちから提案するから事前に予測できる』ってことねって、明智君と柳生さんと綾小路さん、揃って納得しないの! 開発営業課と2Gに配属決定ね!


「もしもし、ご用件はお済みですか? それでは」

「あああ、待って、渡辺さん聞いてる? ただ、私達もここまで優秀だとは思ってなかったから、なんていうのかしら、忘れてほしいことがあるのよね。渡辺さんにもあるでしょ? 黒歴史っていうの」

「ええまぁ、でも、そういうのを乗り越えて人は成長します。ゲームみたいに簡単にリセットしてはいけないと思います!」

うん。全面的に正しいよ。でも、もうちょっと融通きかせてくれても良いんじゃない。

「あと、大変恐縮なんですが、ご登録者のお名前が、社長様ではないようなのですが……。完全に一致しないと、こちらで削除できないんです」

「はぁぁ、誰? 名前わかんないの?」

「個人情報ですが、指導員の先生が真っ青になってるので、特別ですよ? 最初に起動させた方ですね。綾小路桜子様か、朝倉陽菜様。お二人設定されてます」

「私、その上司だから、なんとかならないかしら? MSOでトラブルがあれば、こちらで対処します」

「ええっと、私では、判断できかねますので、上の者に変わりますね」

しばらくお待ちください、のアナウンス。


「お待たせしました。K&S3&Mスマイル警護・代表取締役社長兼お客様センター責任者の鳴海と申します。『責任者を出せ』とかなり怒って仰ってると渡辺の方からお伺いしましたが」

いきなり、社長が出てきたの? 人数少ないの? そうだよね? 高校のはずだよね?

「メモリーを一部だけ削除したいんですが、さっきの渡辺さん融通効かなくて。私管理者の管理者ですの。規則だなんだと困ってますのよ。どんな規則にも例外はございますのよ。おわかりでしょう? 出来るの? 出来ないの?」

「それは、申し訳ありません。あとで厳しく指導しておきます。結論から言いますと可能です。ちなみにパソコンと同じで、新しいソフトもインストール可能。Wi-FiやLANでソフトウェアやOS自動アップデート可能でございます。

そちらに内臓のメモリー方は少量ですし、瞬時に出来るとは思うのですが、衛星にあります自動バックアップは少々お時間がかかりますが、よろしいでしょうか」

「どのくらいかしら?」

「今からですと、当校は17:30が下校時間ですので、明日の夕方から作業に入って、土日祝祭日をのぞいた登校日で最大一週間ですが、なにぶん夏休みに入りますので、それまでにはしたいと思うのですが……。お約束はできかねます」

「おいくらかしら? 特急でやっていただきたいんだけど?」

そんなに急ぐわけじゃないんだけど、なんか変な学習されると面倒な気がするの。

「こちらはテストモニターですので、無償となっております」


「鳴海さんは何年生? どういった進路を希望されてるのかしら? 私、すごーく急いでるから、エンジニアの学生さんを急がせてくれたら、私がお手伝いいたしますわよ」

「進路については、担任の先生や両親と相談して、よく考えたいと思ってますので、せっかくのお言葉ですが……。

でも、これがニュースでよく耳にする『お金にモノを言わせて納期を短縮させる下請けイジメ』というものなのでしょうか? 社会勉強させていただきました」

「いえいえ、違うのよ。今のはひとり言。ごめんなさいね。いけないわよね。そういうことしちゃ」

さっきの渡辺さんより、もっと面倒じゃない。

「エンジニアも全ファイルをチェックするのは大変なので、範囲を絞っていただけるとありがたいのですが、具体的に、『いつのファイル』を削除すればいいか、ご指示願います。

ファイルは『起動時点から現在まで24時間常に作成』されています。最初ですから、『赤ちゃんと同じ』とお考えいただくように、取扱説明書のディスク、梱包時の箱の中にある印紙にも赤字で記載があったと思うんですが……。

あ、あと起動時に承諾しないと、起動しないようになってるはずなんですが……。まさか読まずに『はい』なんて押してらっしゃいませんよね?」

みんなぁ? 何で急に仕事に戻るのかなぁ? 朝倉さん、綾小路さん、コピー機の後ろに隠れても見えてますよ。


「ええ、今、部下が見てるわ。とても容量の多い説明書ね。あなたが作ったの?」

「はい。私、将来、今度新設されるリスクマネジメント省の大臣になりたいんです」

「あら、政治家希望なの? なら、私と仲良くしておいた方がいいんじゃないかしら? 息子も内閣府で、現在リスクマネジメント庁を監督している警察官僚をしておりますのよ」

「詳しい者をお呼びしますので、少々お待ちを。こまっちゃん助けてって! ってかお母さんだよ! あ、みんな逃げないでよ! やばい保留にしてなかった」

しばらくお待ちください、のアナウンス。

『こまっちゃん?』どこかで聞いたような。

「お電話代わりました。メカニカル顧問の三井です」

「あら、三井さんお元気? 顧問になられたの?」

「ご無沙汰しております。お嬢さんが部長をされている科学部の活動は、非常~に多分野に関連をしておりまして、理事長だけでは手が足りず、みんなで得意分野を担当しているんです。ところで、何を削除すればよろしいんでしょうか?」

「ご迷惑をお掛けしてるのかしら?」

「いえ、全く。バレー部の指導が終われば、どうせ寮におりますので。ちなみに、この電話は寮の保安室から、女子専用体育館の教員室に転送されてます。

こういった問い合わせも、現在、運用してるアンドロイドは二人ですから、滅多にありませんし、これが初めてのことです」

「そうなの。ごめんなさいね。出来れば、学習した分と人間関係を残して、暴力的だったり、性的なものを消すことはできないかしら」

「ペアレント機能なら、次回OSアップデートで搭載を予定されていますが、それ以前に遡って適応はどうなんでしょうか。私、メカニカル担当なんで、記憶媒体や本体そのものの顧問なんですよね」


「割り込み通信を許可しますか?」

「誰? この通話は保安室など関係者も同時に聞いておりまして、同時に100人まで通話可能です。電話会議みたいなモノだと思ってもらえれば。まぁ、まだ総勢20人くらいしか社員はいませんが……」

「詩織さんです。水野博士がどうのとか」

「どうしたの渡辺さん?」

「あの、真司様が、『起動時のバックアップデータを復元』すればできると仰ってるんですが」

「ええと真司さんってのはどなた?」

「すみません。社長。娘さんと一緒に人工知能を作ったエンジニアの一人です。というより、中心人物です。ただ、サヴァン症候群で会話がほとんどできないんです。

学校でも、A組の一部や、高杉先生と理事長しか会話が成立しないんです。渡辺さん、周りに誰かいないの? ってか誰か聞いてるでしょ? 物理全員不可にするぞ!」

「イエイー。じゃんけん負けたのね。小町ママさんはじめまして。イスラエルのエルサレムから来ましたサラと呼んでください」

「あら、日本語お上手ね」

「はい。この会話、自動翻訳ソフト通してます。ニホンゴ変でも許してくださぁい。まだ、調整中やねん」

関西弁まで対応してるの? しかも、同時通訳って凄いことなんじゃないの? 私達、普通のスピードで喋ってたのよ。


「サラは人工知能を作った最後の一人です」

「ちょっと、てつだっただけで~す。ほとんど、しんじと、こまちがやりましたぁ」

「小町は今、何をしてるのかしら?」

「さっき、ママさんのパソコンクラッキングした証拠を、しんじと消してます。600ヶ所くらい経由して、アメリカとかいろいろな衛星回線けいゆしたんで、インターポールのサイバー犯罪対策チームや、FBIでも追跡でませーん。でも、時間かければ、不可能ではないでーす。私、じゃんけんで負けましたぁ」

「それで復元はどうやってやれば良いのかしら? 警戒レベル下げてくれないかしら?」

「大丈夫です。A棟は、核ミサイルでも大丈夫でーす」

いやいや、こっちの心配ね。そっちは、確かに、大丈夫なのかもね。

ワガハイの色が元に戻りました。

「遠隔操作で、削除して、再起動してもいいですか? 椅子に座らせてください。倒れるからあぶないで~す」

「サラさんは、日本の会社には興味ないかしら? 夏休みとかおひま?」

「学校楽しいで~す。夏休みは、愛花センパイの手伝いがありま~す。あと、ナツコ先生にヘブライ語教えないといけませーん」

「サラさんも映画に出るの?」

「イエイー。ユッキー、バックアップ戻したら、他のバックアップ上書きされて消えちゃうけど良いのね? 映画出まーす。見に来てください。ビジネスデイありまーす」

高校の文化祭にビジネスデイとかあるの?

なんか変な事になってるわねぇ。この後も、『二回目からは有償サービス』だの『パーツの交換の際は、要連絡』だの『正社員なら給料はいくらなのか』だの。

もっと他のことに頭使ってもらえないかしら? ああ、でも使ったら、またなんか変なモノつくるのよねぇ。四人目の小町がやっと目処がたった思ったのに、五人目はしかもアンドロイド。どうなっちゃうのかしら。

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(ある社員のつぶやき 完?)
体育教師奈津子 番外編 第2.5章? に続きます。


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