投稿作品集 > ある社員のつぶやき p.09

このストーリーは、bbs にて、ロッキー 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は ロッキー 氏にあります。



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次の指導は朝倉さん。私とこれまでのメンバーは、それまでに、全ての基礎動作を教えるつもりでした。想像以上に頑張り屋さんだったので、意外といいペースで進んでいます。

朝倉さんが『1Gの司令塔』というのは、別に嫌味ではないんです。彼女は、私達に気が付かれないように、私達をアシストし、手柄を立てさせ、かつ自分もほどほどには手柄を立てるスタンスです。

全員の力量、仕事、進捗を、常に把握してないとできない芸当です。彼女が困ったとき、どうなるのか見てみたい。みなさん同意見です。別に悪い意味ではないです。お世話になっていますし、彼女の献身的なサポートには何度も助けられています。

きつい汚れ仕事や難しい案件も、果敢にこなし積極的にアシストにする。文字にするとイヤミなやつと思うかもしれませんが、実に自然にその流れを演出するんです。

私達がチャレンジしようとすれば、それに合わせたカバーリング。私達は全力で走り込んで『触ればゴール』という状態なのです。

よく本当の名選手は、『スーパープレーをスーパープレーに見せない。なぜなら、普通のプレーとして処理してしまうから』という言葉を聞きます。まさに、そういうタイプ。

つまり、私達は常時、『外すことが難しいほどお膳立てされた状態で、ゴール(結果)をだすというしごき』が行われているのです。決めて当たり前という状態を自然に演出するのです。

どうしても時間的や能力的に無理なときは、単独で切り崩してゴールも出来るのです。戦術『困ったときの陽菜ちゃん』です。まぁ、それでも無理なこともあります。開発部隊ですから、失敗を前提とした仕事もあります。


世の中には、次のために、あえてテスト失敗をすることを確認してデータをとるという、試作のための試作があるのです。製造業なんてどこでもそうだと思いますよ。

何年も何回もテストして、それでも『取引先の取引先で、最終的にNG』ということなんてしょっちゅうです。

一回でうまくいく事(材料提案→材料選定→材料テスト→材料生産→量産化→材料供給→材料加工→加工品テスト→加工品供給→成形加工→成形品確認→最終製品テスト)なんて、一年に一回あれば良いほうです。上の流れでは最初の三つを技術部と1Gが担当し、生産からは営業部や協力会社です。

この部署に来て、すぐにわかりました。朝倉さんは、何らかの事情で、力をセーブしている、もし、彼女の気分が変わって、手柄を全部自分で立てたらどんなことになるのだろう。

彼女は自分のことをBプラス狙いと公言していますが、それは絶対評価で、アシストのおかげで私達がSになっているというだけの話です。全員Sをつけるわけにはいけないでしょう? 誰も欠けて良い人なんてこのグループにはいません。

私達はどうなるんだろう? 私達は常にその不安と闘いながらときに、励まし合いながら(お茶をあげるとかそんな程度ですが)、『朝倉さんがここまでやってくれたんだから』と頑張ってきました。

私が本来、即正規社員だったため必要のなかった制服をきたのも同じ理由です。転籍だったので試用期間が無かったのです。そして、彼女が私の『一緒に制服を着ようという誘い』を断った理由も、私の印象が薄くなるのを防ぐためです。

本能的に感じたのでしょう。彼女は裏方を好んでいます。あれは私の誘い方が悪かったんです。もっと慎重に誘うべきでした。


さて、この微妙なバランスは、全員の個性、力、仕事量が、タイトロープ、いや蜘蛛の糸よりも細い糸で成立していました。しかし、如月さんの産休でバランスが崩れてしまったのです。

今までのしごきのような仕事が、さらに増えるのです。今までも、病欠等で短期的に抜けたことはありましたが、ここまで長期は初めてです。

育児や介護等をしていた人がいたときも、『またかよ』と冗談で言いながら、助け合ってやってきました。だって、お互い様じゃないですか? いつねぇ、そんなことがあるかわからないし。文字通り、明日は我が身かもしれません。

朝倉さんは容赦なくお膳立てしたパスを出してきます。しかも、同時に七つも八つも。頑張っても四つくらいが限界です。死ぬほど頑張って五つが限界。

とうの本人は自分の5倍(ボス以外全員分)のボールをコントロールし、自分もゴールを決めているのです。しかも、もっと困難なゴールを楽々と。

私は、『朝倉さんはもっと評価されていい』と思っています。まぁ、本人が望んでないのですから、とやかくいうことではありませんが。

この状況がわかるでしょうか? まさに『社会人的なしごき』です。誰か問題にならない程度の一時的なブレーキになる人でも良いから、将来戦力になる人はいないか。できれば、朝倉さんが把握できないような、とまどうような人物。

尾形さんを中心に、私達は考えました。わざわざ会議しなくても、目線で分かるレベルの意思の疎通や、文脈から察する知性は全員持っています。たまに、朝倉さんも相談の会話に参加して、『補強人員がほしい』と言っていました。

多分、補強の意味が違っていたのです。


(5)

そんなときです。ボスがインターン受け入れの話を聞いてきました。しかも、まだ大学1年生で学業優先。期間はなんと四年間。『常に面倒を見ずに、いる時だけ面倒をみれば良いこと』になるので、私達の負担は少ないです。

全員で協力すれば、越えられないハードルではありませんでした。さらに、私達の1Gの仕事は、幸運なことに急激に仕事量が増えることは滅多にありません。増えるとしたら、『生産』からなので、あまり影響がすぐにはありません。

もし、あまりにその人材が使えないようなら、『誰かが通常業務を割り振って、他所の部隊に行かせればいい。もっとも、その代償は自分達が払うことになるんですけどね』と思っていました。

この部署の通常案件は、『他部署の超絶難関案件』ですから、すぐに対応できるはずはありません。

ケミカルホールディングズや、コンツェルンに所属する色々な開発部隊から、問い合わせががんがん入ります。『これって可能ですか?』『こんなものが会議で』だいたい、こんな抽象的なスタートです。

そもそも、難しい案件でなければ、問い合わせる必要がないでしょ? 自社内もしくは横のつながりでなんとかなります。たまに、HPをみた取引先からも問い合わせ等は、3Gが基本的に対応します。

『1を2にすること』は、3Gのメンバーでも出来ます。優秀な人材ばかりですから。1Gは、『0を1にするのをサポートする』から大変なんです。

つまり、私達はグループ企業全体から、『未知の案件を一手に引き受けるしごき』を受けている状態です。


並の精神では持たないのです。その分、無事に終われば、みんなで涙を流してお互いを称え合う。そういうグループです。決して仲良しチームでありませんが、強い信頼関係で結ばれています。

何代にも渡って引き継がれてきた案件もあります。先輩達から『この案件は初めて任された案件、入社以来ずっとサポートしてきた。最後まで結果を見届けたかった』と後を託されてきた案件も多々あります。

途中で何らかの理由でストップしてしまったり、何年も掛けてできたと思ったら、最終製品の仕様変更だったり。まぁ、会社ですから色々なことがあります。

そして、ようやくやってきた鹿ノ倉さんは、想像以上でした。流石は、いろいろな部署と折衝の末、ボスが競り落としてきた逸材でした。

本人にはプレッシャーになるので、ほとんど内緒にしようと来る前に決めました。私達は『四年間』という時間を掛けて、育てていくつもりです。

朝倉さんはこのことを知りませんが、たぶん、すぐにわかると思いますよ。教育係のリーダーを彼女にしたのも、司令塔のとこにいた方が、全体が早く見えるだろうという理由です。

でも、こういう地味な仕事ですから、途中で脱落してもしかたがないと思っています。

頑張った結果がわかりにくいですし、研究所からは『こんなの聞いたこと無い! 今すぐ、直接説明に来い! 無理なら明日朝イチ!』と怒られ、技術部からは『お客さんがこんなこと言ってんだけど、ちょっと窓口になってくんない?(ヘラ)』と小間使いにされ、取引先からは『もっと滑り性がほしい。スルッといく感じ』と抽象的なことを言われ、そのわりに『手柄はほとんど営業』という報われない仕事です。生産と量産化は営業の仕事ですから。


特に、向き不向きが激しい仕事なのです。まぁ、その代償は、社員旅行(参加は任意)のホステス役兼幹事という大役なんですが、それはなんとか分担しようと思います。

そこに存在するだけで、他の部署からの過剰なしごき(本来、こちらに振る必要のない仕事)を根本的に絶ち、逆に他部署を引き締めるというしごきをしてくれました。

ほんの少しゆるくなるだけで、飛躍的に余裕が出きました。過剰な制服は容赦なく注目を集めますから、『1Gは今一人産休で減って忙しいらしい』ということが伝わりました。

余裕が出来すぎて、ちょっと近藤さんはやり過ぎましたが、彼女はまだ若いです。これでまた成長することでしょう。こっぴどく叱られただけで済むはずです。

銀座会は『組合ではなく、あくまで一大学の同窓会でしかない』ですから、キャリアに傷つくことはありません。これが、組合やボスからの『オフィシャルな注意』だったら、賞罰に関わるところでした。

臨時社員も家族ですから、当然、組合員です。制服は伝統ということで黙認ですが、万が一それをネタにセクハラをすれば、厳しく罰せられます。

結果的に、お茶出しは非常に効果がありました。男子女子トイレ掃除にしてもそう。無駄話がしにくくなったのです。あれだけ露出の激しい制服姿の鹿ノ倉さんが、一生懸命作業してる所でおしゃべりできないでしょう?

多くの仕事は時間をかければ、ゴールにできます。そんな仕事をこっちに回されても困ります。つまり、鹿ノ倉さんはしごかれているようで、実はしごいていたのです。

そして今日、判子押しとホッチキス止めとシュレッダーという超初歩な仕事を覚えました。練習は必要ですが慣れの問題です。いよいよ、仕事の段階に入ったのです。

さぁ、どうします? 朝倉さんは、どうコントロールしますかね。

いきなり重要な仕事は無理ですし、かといって簡単すぎる仕事を出しても、仕事を次々出さないといけないので手間です。司令塔の腕の見せ所でしょ?


(6)

みんな、横目の見物です。高みからなんて見てません。もちろん、いつでもフォローする気はあります。だって、しないと仕事が増えますし。

鹿ノ倉さんが『お願いします。わかりません。お願いします』と頭を下げれるタイプかどうかが心配でした。

朝倉さんには、三つ問題があります。一つは、その次の指導員である尾形さん。如月さんの引き継ぎで全国を飛び回っており、結構ストレスが溜まっているはずです。

もし、その段階(彼女の指導の番)で、鹿ノ倉さんが失態を犯せば、私達はフロアの真ん中で、『お前ら何を今まで教えてたんだ!』と制裁の往復ビンタとかありえます。ビンタで済めば良いほうです。なにしろ、彼女は実質的に1Gのトップです。

ボスは兼任で、局全体も管理しているので、そんなに関わりません。たまに、『良いではないか。良いではないか』と、胸やお尻にタッチしてくるだけです。

本当は一発アウトなんですが、しばらくは鹿ノ倉さんをゲットしたご褒美に許してあげることになってます。ボスは定期的にこういうホームランを打ちます。普段もできるだけ同行して、セクハラ・パワハラとかがないように守ってくれます。

『アメリカ人の上司です』というと、ちょっとこの女には、きわどいことしない方が良いかなと思うでしょ。言葉もほんのすこし優しくなります。


ボーナスの査定も、基本的には尾形さんのつけた評価が直結します。彼女は肩書こそ主任ですが、本来、如月さんより先に課長になるはずで、昇進試験も随分前に合格しています。『まだまだ、修行中なので、出世は少し先で』という求道者です。

朝倉さんとは違います。上に行くつもりはあるけども、もっと上(コンツェルンの技術関連)にいくために、『あえて』ここで、点数を荒稼ぎしておこうというタイプです。

こうやって書くと、腹黒い人に見えるかもしれませんが、その分、難しい仕事もしておりますし、私も含めアクの強いメンバーをまとめているので、そのくらいは良いと思ってます。みんな、ちょっとだけ『私って扱いづらいよね』と思っているメンバーなんです。

尾形さんは出張や有休でどこかにいくと、必ずおみやげを買ってきてくれますし、懇親会(飲み会)では、積極的に下ネタを飛ばすなど盛り上げ役を買ってくれます。

『昼は聖女、夜は娼婦』とまでは言いませんが、夜のお付き合いも人並です。夜の本来の姿は、なかなか見せてくれませんが、美人の尾形さんのギャップが楽しいです。

恐らく私の予想では、尾形さんは『宴会の手配』や『電話受け』をさせて、私達が留守中どんな指導をしてたかチェックするはずです。鬼軍曹ばりに、全てをチェックします。今から心配です。


もう一つは、如月さん。私達が如月さんから、一人一人土下座してから産休に入るのを聞いた話では、朝倉さんからなにか仕事を振ってもらうつもりという話でした。

土下座とか要らなかったんですが、意外と義理堅い人なんです。『こんな無計画で申し訳ない!』と必死に謝ってました。彼女のことですから、結構、催促の電話がかかってきてると思います。朝倉さんには遠慮が無いですから。

これもどうするのか見ものです。複雑な仕事では家でできませんし、簡単な仕事では納得しないと思います。

ちなみに、この朝倉さんに『ここしかないというところにパスを出している』のは、2Gの綾小路さん。一度処理したのと同様な案件は自分で処理し、新しいボール(案件)のみを絶妙なタイミングで、ピンポイントに、朝倉さんに振っています。

もちろん、自分でできるところは全てやったうえで、難しいところだけが残してですよ。何でもかんでも振るのは、しごきではなく、ただの怠慢というだけです。

しかも、グループの席(島)が違うので、私達のように朝倉さんの様子を見ることのできない状況でです。非常に的確なタイミングで、パスを出してきます。朝倉さんの力量・状況だけでなく、仕事の流れなど、全てを把握していないとできないこと。

ちょっと余裕がありそうだったり、私達の専門分野だと私達にも振ってきます。油断できません。ぶっちゃけ、彼女が社会勉強を終えるときが一番心配です。ボスと社長には全力で引き止めて欲しいと思っています。

もし、状況が理解できていない人が彼女の真似をして、本格的に私達にまで振ってくるようになったら、この部署は崩壊します。

入社当初、『どうせ、お嬢様の腰掛けなんでしょ』『良いよな。相手が決まってると気楽で』とか思ってすみませんでした。(地面に正座し)


そして、『その彼女にしごきのパス』を出している張本人は、技術部のエース明智君。彼は開発案件を獲得し、最低限の調整をするのが仕事なので、全ての案件を綾小路に出すという王様プレーをします。

『守備(研究所の根回しとか、雑務)なんて、女子のやる仕事でしょ』と思ってます。まぁ、本来そうじゃないといけないんですけどね。まぁ、本当に難しい根回しとか大事な相談は、してから振ってくれるので良いです。

変にこねて回されるよりも、原型のままの方が仕事がしやすいこともあります。綾小路さんは、『それを自分でどこまで出来るか。どの段階で1G(朝倉さん)に振るか、最初から振るか』を即座に判断しているのです。

ちなみに、明智君は開発営業課なので、彼クラス(難しい仕事を取ってくる人)が、他に三人居て、2Gはその対応に一日費やします。王様が四人もいるんだから、大変だと思います。

たまに、意味がわからなくて、泣いている子も居ます。そういうときは、その人→綾小路→朝倉もしくは1Gの誰かでフォローという構図です。

ダイレクトにすればいいじゃないかって? そんなこと、みんながしだしたら、フロアは大混乱です。それが会社というものです。

我々に技術部に課せられたミッションは『技術開発』なので、断るという選択肢は基本的にはないのです。何が幸いするかわからないからです。ミナモトオイルがエネルギー資源とかになった例もありますし。

ビジネスになるか判断するのは、下のフロアに居る営業部の仕事です。

しごきの連鎖です。

お茶出しのときのことを思い出してください。あそこに立たせたのは、朝倉さんです。近藤さんは指導(結果的にしごき)をしただけです。もしやりすぎたとき、私が斑目さんに相談し、銀座会を動かすことも計算していたとしたら?

見てみたくないですか?

このレベルで『しごきをコントロールできる人』が、『しごきをしごきと思わずこなし、無自覚に周囲にプレッシャーを与える天然系しごきを行う人』と組んだらどうなるか。


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