投稿作品集 > 名門黒咲高校水泳部 p.05

このストーリーは、bbs にて、鳳仙 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は 鳳仙 氏にあります。



顔が強張った紗香に、立花は話を続けた。

「四枚のカードを集めたら、ここへ戻ってくる事。制限時間は15分。時間内に戻らないと、罰ゲームがあるからな。一秒でも遅れたら、裸でラジオ体操。二分以上の遅れは、それプラス裸でブリッジ五分。……まず無いだろうが五分以上の遅れは、その二つに剃毛だ」

罰のハードルの高さに、紗香は驚き越え呆然とした。思わず「冗談ですよね?」と口にしそうな顔である。

「どうだ、目は覚めたか? 浮わついた気分は無くなったか?」

自分を真っ直ぐに見詰める彼の言葉に、彼女も漸く我に返る。どうやら、先程のご機嫌をたしなめられてるようだ。

「は、はいっ! 立花先輩っ、すみませんでしたっ!」


勢い返事をするも、心は罰ゲームに萎縮している。その眉間に立つ針が、不安を如実に表していた。

「紗香、今日は合練初日だから知らないだろうが、明日からは他の女子も受ける事になるお前は今年度、栄えある一人目だ。気後れするな」

「は、はい……?」

言葉の意味はよく分からないが、彼女は返事するより他はない。

立花は、時計の針を見ながら、紗香に注意をした。

「いいか? どういう順番で集めるかは、お前の自己判断に任せる。15分という時間も、道草食わなければ余裕で間に合う筈だ。今日、お前の決意が、その時間に現れるからな? よし、25分から開始だ」

紗香は頷き、真剣な顔で時計を見つめた。もうすぐ午後4時25分――。つまり、四枚のカードを揃え、4時40分迄に戻ってくればいい。多少の落ち着きも取り戻し、紗香は、立花の注意を反芻した。


『プール、グラウンド、体育館、この三つはほぼ隣接している……。柔剣道場はちょっと離れてるけど、走って往復しても大したことない……。うん、確かに15分は余裕だっ!』

後は王を見つけられるかだが、彼らは制服姿である。発見は容易な筈だ。

秒針が12を指し、25分となった。

「行けっ、紗香っ!」

立花の合図に、紗香も応える。

「はいっ! 行ってきますっ!」

元気な声と共に彼女は、可愛いお尻を振りながら、転がるが如く部室を出た。

「紗香……、お前があまりにも素直で可愛いから、ついつい喋り過ぎたよ。ま、涼子の事、とやかく言えないな……俺も甘いよな」

彼女を見送った立花は、そう呟き頭を掻いた。


紗香は最初、女子更衣室へ靴を取りに行った。晒されたお尻が気になるが、連休なので一般生徒や教師の姿はない。

『まずは柔剣道場……』

靴を履いた彼女は、中庭へ出ると全力で走り出した。

なぜ最初にそこを選んだか――。柔道にしろ剣道にしろ、他の競技に比べ練習時間は短い。そして、複数のクラブが交代で使用するグラウンドや体育館と違い、無人である可能性があった。その、人との遭遇確率の低さによる行き易さが理由である。

『お願いっ、誰もいませんようにっ!』

駆けに駆け、目的の建物が見えた。そしてその入口、王の一人、高橋圭吾の姿がある。


『道場が閉まってる……。良かったっ! 先輩だけだわっ!』

そう思った時、突如高橋が逃げるように走り出した。紗香はそれを見て驚き、

「あっ、いやあぁぁぁぁぁんっ! 高橋先輩ぃぃっ、行かないでくださぁぁいぃっ!」

と、喚いた。すると彼はすぐに立ち止まり、紗香の叫びがおかしかったのか、笑いながら振り向く。それを彼女は、掴みかかる勢いで駆け寄ると、彼女は肩で息をしながら姿勢を正した。

「高橋先輩っ……はぁはぁ、か、カードを頂きに参りましたっ!」

「おう、お疲れっ」

彼はカードを渡す。紗香はそれを受け取り、軽く頭を下げた。


「先輩っ……はぁはぁ……。もしかして鬼ごっこもルールなんですか……?」

「いやすまん。ちょっとからかっただけだ。……それより良かったな、ここはもう帰ったらしい」

「もぉ~、脅かさないでくださいよ~。はぁはぁ、……はいっ、良かったですっ」

紗香は微笑むと、高橋にお辞儀をした。

「では高橋先輩っ、失礼しますっ!」

「おう、頑張れよ紗香っ。俺も応援してるぞっ」

「はいっ、ありがとうございますっ!」

彼女は再びお辞儀をすると、脱兎の如く駆けて行った。


さて次であるが、紗香は此所から一番近い体育館を選んだ。此方は無人の可能性は無く、間違いなく人目に触れる筈である。そこで出来るだけ近くまで走り寄り、物陰から様子を見ながら進んだ。

体育館の外周を見回したが、王の姿はない。そこで、窓から顔だけ覗かせ中を窺うと、女子バレー部と新体操部が練習中である事が確認出来た。で、肝心な王だが、入口からやや離れた所、壁際に佇んでいるのを見つけた。

『先輩も見つけたし、中は女子部だけだわっ』

ホッと安堵するも、先を急ぐように入口に回る。そして紗香は靴を脱ぐと、王の一人、相良亮へと、一直線に駆け寄った。

「相良せんぱ……」

彼女が言い掛けた時である。割れんばかりの怒鳴り声が鳴った。


「おいっ、お前っ! 今コートを横切って行ったなっ! ちょっと此方へ来いっ!」

声の主は、内田という、女子バレー部の顧問であった。40代の脂ぎった、学校中の嫌われ者である。

「あ、す、すみませんっ……」

コートの隅の方とはいえ、練習中に横切ったのだ。紗香は非を認め、素直に頭を下げた。

しかし内田は怒り止まない。赤い顔に大股で、水着姿の闖入者に詰めよって来た。

「来い、と言ったのが聞こえんのかっ! 大体何だ、その格好はっ! 馬鹿を宣伝するなら、他でやれっ、他でっ!」

馬鹿の宣伝とは、丸出しのお尻に、クリップの事だろう。激しく面罵され、紗香の顔が歪んだ。


「す、すみませんっ! 練習の邪魔をして、……申し訳ありませんでしたっ……!」

そして重ねて詫びるも、内田は益々、居丈高で怒鳴り散らす。

「何だその格好は、と聞いとるんだっ! 尻丸出しで何やっとるのか、説明しろ説明をっ! それともお前、露出狂の変態かっ!?」

変態呼ばわりされて、紗香の目には涙が滲む。そしてその涙を更に誘うかのように、バレー部員の笑い声が起こった。

「何、あれウチのクラスの原口じゃん」
「やだぁ~、お尻真っ赤~」
「恥ずかしくないの~? あ、恥ずかしく無いからお尻出してんのか」

事情を知らない他人事は、実に辛辣である。尤も、ひそひそ話は1年生のみで、2年、3年生は笑みすら浮かべていない。彼女達は、水泳部の新入りが受ける、気の毒な伝統行事を知っていた。

「ヒック、ヒック……すみませんでした……」


羞恥と屈辱に泣き出しながらも、紗香は頭を下げ続ける。と、そこへ、王の一人である相良が、紗香を庇うように前に来た。

「先生、もういいよな? この娘も頭下げて謝ったんだ。アンタもウチの伝統、知らない訳じゃないでしょ?」

「い、いや相良、わ、私はだな……」

内田は吃りながら、彼の登場に意外そうな顔をする。

「この娘は、俺を呼びに来ただけですから。すいません」

言葉こそ謝っているようだが、彼の目は威圧するように内田を見据えていた。

「あ、ああ……分かった。以後、気をつけてくれ……」

内田はそう言うと、恐れをなしたようにその場を立ち去った。


「紗香、取り敢えず出よう。先に行け」

相良はそう言うと、紗香の真後ろに付き、そのまま外へと出た。体育館中の視線が集まる中、立ち去る彼女のお尻が見えないようにとの、彼の配慮である。

「……相良先輩、お心遣い、あ、ありがとうございましたっ! そしてご迷惑掛けて、すみませんでしたっ!」

体育館の外、紗香は彼の前に立つと、深々とお辞儀をした。庇ってくれた事。お尻を隠してくれた事。それが身に染みた彼女の頬に、屈辱とは違う涙が伝った。

「まあ、気にすんな。しかし紗香、此れからは気をつけろよ? ウチの伝統は、余所の部によく思われてないから、些細な落ち度で攻撃されるぞ」

相良はそう言うと、カードを差し出した。

「あ、は、はいっ、ありがとうございます……」

心無し悄気ているのは、先程の屈辱のせいであろう。紗香から、すっかり元気がなくなっていた。


相良は彼女のその様子に、フッとため息をつくと、

「紗香っ、さっきの不始末の罰だっ。水着はそのままでいいから、気合い入れ二回っ!」

と叱咤した。

「は、はいっ! き、気合い入れっ、お願いしますっ!」

相良の突然の叱咤に、紗香はハッとし、また素直に応じた。

「いいかっ! 厳しい練習っ、厳しい教育が在るからこそ、ウチが一番なんだっ! 県の代表にもなれねえ弱小部の囀りなんか、笑い飛ばせっ!」

「は、はいっ! 笑い飛ばしますっ!」

そう言い終わるや否や、紗香の左右の臀部が軽快な音を立てて鳴った。


ぱんっ、ぱんっ!

「あっ、んんっ……! さ、相良先輩っ、気合い入れっ、ありがとうございますっ!」

「よし立てっ!」

相良の前に直立姿勢の紗香。その彼女の瞳は、力強さを取り戻していた。

「よし、いい目だっ。道草に気を付けろっ! 紗香っ、頑張っていけっ!」

「はいっ、ありがとうございますっ!」

次なる目的地は、プールである。紗香は走りながら、

『立花先輩も言ってたけど、道草ってどういう意味だろ? それに……先輩達は優しいし助けてくれるし、この指導って練習より楽な気がする……』

この厳一点張りの水泳部らしからぬ甘さに、少々疑問を抱いた。


ここで、その疑問に少し触れる。

この『指導』と呼ばれる伝統行事は、メンタル面の強化が目的である。その内容たるや物語の通りである他、多分に王の、対象者に対する感情で難易度が変化する。

紗香の場合、本人も感じる甘さというのは、唯、王達の好意があるからに他ならない。その好意の原因であるが、やはり彼女が自ら志願した決意の程と、愚直なまでに素直な態度からきている。

故にこれが当たり前ではない。本来なら助け船を出す事もないし、対象者を待つ場所も、より人目につく奥まった所にする。

それと道草であるが、これはカードを集める際に起こる、不測の事態によるタイムロスの事だ。紗香が内田に捕まった例にある、それにより生じたタイムロス。他に、行く先で思わぬ人の群れを見つけ、通りすぎるのを待ったり、道を変えたりして生じるタイムロス。

例年起こる『指導』失格も、殆どこの道草によるタイムオーバーによるものだ。だからこの『指導』なるものは、障害を乗り越える機知と判断力、嘲笑などを雑音として聞き流す心の強さが必要となる。


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