投稿作品集 > お仕事シリーズ スカウトのお仕事 リターンズ p.02
このストーリーは、bbs にて、ロッキー 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は ロッキー 氏にあります。
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練習はレギュラーと控え組で、分かれてるみたいです。監督はあの短パンの先生かな。三人いるな。コーチかな。留学生が半分くらい。さすがミナモト準系列、国際色が豊か。ミナモト系列はどこも留学生の受け入れに熱心ですねぇ。
ボール出しや球拾いに専念してる部員が結構居ます。ここらへんはどこの高校も一緒ですね。1年生ですかね。一番、違うのは下着姿で練習してることくらいかな。強豪には全裸で練習させてるところもありますし、驚くことではないですけど。
ユニフォームも、試合の時は、伝統のブルマを着用とかチームによっては結構あるんですよ。王帝とかそうですね。大学もブルマなんですよ。しかも、超Vのやつ。大学生だとお尻はほとんど丸出しのはずです。
ユニフォームも飾り気のないスクールカラーの紺と赤のラインが入ってるだけ。他の大学はスポーティーな感じなんですけど。でも、そのブルマが履きたくて、全国からバレーエリートが押し寄せてくるわけで、魅力的なんでしょうね。
あら? スーツ姿の先客が数人いらっしゃいます。一人は年配の女性。もう一人は本部長と同い年くらいでしょうか、男性です。あとは、パイレーツのスカウトさんと、源化学工業のスカウトさんですね。研修の時についた先輩とご挨拶したことが有ります。
源化学工業はミナモト系列でも特殊で、系列校の卒業生はほとんどとらなず外部から獲得する傾向にあります。東京が本拠地ですから居ても不思議ではありません。年輩の女性は、腕組みしてブツブツ言ってます。
「中森さん、鍋島さん、ご無沙汰しております」
本部長のお知り合いなんですか。
「あら、お久ぶり」
「お久しぶりたい。出世して現場ば離れたっち聞いてたたいの、相変わらずフットワーク軽いやね」
「いえいえ、今日は私用と、部下の仕事ぶりをチェックにきました」
「そのお若い方は、秘書さんじゃないの?」
「いえ、うちの新米スカウトです。この地域の担当になのでよろしくお願いします」
名刺を出さないと! 交換して何が有るわけじゃないけど。
「中森さんや、鍋島さんこそ。王帝や博多プルートでデスクワークのはずでしょ。うちみたいに、慢性的な人材難じゃないでしょうし」
王帝の中森って、まさか中森こずえ? アマバレーボール界の女帝じゃないですか。初めてみました。
スカウトだけではなく窓口にもなっていて、マナーとかにとても厳しい人て、練習の妨げになって、彼女に嫌われて、『王帝系列出入り禁止』になったスカウトは数知れず。
選手を守るという意味では良いんでしょうが。ゴットマザーと恐れられているスカウト部長です。
「6年越しのアプローチです」
「中森しゃんは平手ば中学時代から追いかけとうそーたい。ウチは九州出身ん選手のいれば、どこさばってん行きますたい。あ、これ名刺たい」
我々も北海道の中学出身者の進学先は、全て把握しておりますので似たようなものです。地域密着ってやつですね。
『鍋島貴教 特命スカウト』という名刺をいただきました。
「どの選手ですか?」
「平手さゆみ。プロ志望届出したのよ。ご存じない?」
「伊能君、どんな選手かね?」
「セッターですね。身長173cm。性格的に気が強いといいますか。マイペースといいますか……」
1年の冬の大会で、再三、判定に文句をつけてイエローカードを二枚も頂戴したという記録があります。高校バレーでそんなの聞いたことありません。前段未聞の不祥事です。
「あら、ずいぶん古くて曖昧なデータねぇ。今は178cm、体重62kg。好きなチームはヴィーナス。好きな男性のタイプは……。嫌いな女性のタイプは煩悩108の戸田環奈。理由は保険をかけてる感じが……。バレーを始めたきっかけは……」
6年間追いかけてるってのは本当のようです。(疑っていたわけでは……)
「確かに、一度崩れだすと、修正できない天才肌の脆さと、どこか独りよがりなところがありました。
アタッカーならともかく、セッターとしての適性と、本人の希望を考慮して、王帝付属は獲得を見送った経緯があります……が、この二年間で大きく成長し、心・技・体を兼ね備えたプレーヤーになりました。
まだ、荒削りですが、深川アリス・深川すず・今泉梨加に匹敵する才能とポテンシャルを秘めていると評価しています。高校3年生時の彼女達には、現時点で既に上回っています。
流石に王帝の4年生、それも一軍レギュラーの彼女達と比べると見劣りしますが……。
この年代の選手は大学で爆発的に成長しますから、我が王帝でさらにそれを促進し、将来は、渡辺友梨奈や上村愛佳、それに深田ふみか、馬場恭子、北川理央ら黄金世代と共に、日本を代表する女子バレー選手に成長させます」
今泉梨加って、王帝のキャプテンですよ。今年のドラフトの目玉です。毎年居る10年に一人の逸材じゃなくて、本当に10年いや100年に一人の逸材です。
レシーブ・アタック・ブロック・トスどれをとっても一級品のSSSですよ。現在進行形で背が伸びていたり、伸びしろもタップリ。中学・高校のときはちょっと頼りない所があって、良くてAランクだったんですが、大学で急激に伸びました。
もともと、エリート街道を走ってたんで積み重ねはあったんですけどね。もちろん、我がチームもエーススカウト(王帝大バレー部卒)がべったりマークしています。競合確実で間違いなく一巡目で消える逸材です。
アマチュアバレーボール界ナンバーワンと呼び声も高く、彼女を指名することでワールドチャンピオンズリーグ制覇が見えると評価する専門誌もあります。
実際、王帝で磨かれた才能は、プレッシャーにも強く、安定感抜群。しかも『指名していただけるだけで光栄。どこのチームでも、もちろん3部の最下位でも入団します』という今時珍しいタイプ。
深川姉妹は双子の絶妙なコンビネーションでテクニシャン。双子で王帝のレギュラーなんて、初めてなんじゃないですかね。ちなみに姉がセッター。妹は、オポジットこそ1年生からレギュラーの渡辺友梨奈に奪われましたが、レフトのレギュラーです。
三人に限らず、一軍選手は全員ドラフト有力候補で黄金世代と呼ばれています。
「天才セッターの平手さゆみが加わることで、黄金世代もなし得なかった新人戦から4年生最後のインカレまで全勝という伝説的なチームが完成すると思っています」
黄金世代だって、インカレ三連覇・六大学バレーリーグ三連覇・春季リーグ連覇・秋季リーグ連覇と充分伝説なんですけど。新人戦では、連携ミスが重なって、まさか一回戦敗退で、一度9軍まで落とされて這い上がってきたメンバーです。
8軍までしかないのに、9軍まで落とすって毎年恒例の伝統芸能とはいえ、過去最高の落とされ具合だったんだとか。
高校では全国大会ベスト4常連、『東京予選は公開練習』のチームに、さらにトップクラスの選手が加わるんですから、ちょっと天狗にもなりますって。
「うちん注目しよっとな、そげな平手さゆみば影から支えとう生駒あおいたい。今、トスした子たい!」
「背が低すぎませんか?」
たぶん、165cmもなさそう。周りが大きいから余計小さく見える。
「159cmたい。でも、そのハンデを補って有り余る頭脳と、トスワークに注目たい。正直、高校で全国行けなくても、ウチの評価は変わらんたい。SSSや。来年、必ず上位で指名するたい。抽選上等たい!
鹿児島出身だし、ここで行かないとチームの存在意義に関わるたい。問題はどうやって志望届出させるかたい。九州にも強豪チームはいくらでもあるから、二、三年修行させてもよかばい」
「お二人は、いつから、いらっしゃってるんですか?」
「私は来ようと思えばいつでも来れるけど、あんまりお邪魔してもあれだし、鍋島さんは去年もこの時期だけよ」
我々、プロ球団は6月末から1月3週目までしか接触できませんが、アマ同士(独立リーグも)は自由に接触できます。
「特命スカウトやから、生駒のためだけに、毎年きてるんばい。うちのような田舎チームは、そげんして誠意してみせるばい。誰かのついでとか選手に失礼ばい」
半年近くホテル住まいかぁ。予算があるチームは羨ましい。それにスタッフが大勢居ないとできない芸当。方針がきっちりしてれば、仮に東京の子を採ろうと思っても、『例外として自分を評価してくれた』となるわけです。
「ところで、強化部長のお目当ては誰なんですか?」
「さっきから探してるんだけど、居ないんだよね。この高校だって聞いたんだけどなぁ……」
「もしかして、リハビリ中で、別メニューの子じゃない? ほら、一人ちょっと訛ってる子がいたじゃない」
「そういえば……、北の方の訛の子がいたような……」
一時間半ほど全裸で逆立ちをして、エクセサイズコースとやらに移動してしまったそうです。お二人の話では、いつもなら終盤に戻ってきて球拾いらしい。
「お二人から見て、その二人どうでした?」
「ボールを使った練習は一切してないからあれだけど、白石沙織はウチがリストアップした中学時代から、身体が二回り大きくなってたわね」
「思い出したい。あの大きい子ですか。体感の良さそうな歩き方してましたなぁ。訛った子もバランス良く鍛えてたたい」
「それは楽しみだなぁ」
担当として、何か情報を出さないといけないんですが、この高校に関しては正直チェック漏れです。
「危ない!」
うわぁ、ボールが凄い勢いで飛んできした。ついついレシーブしそうになっちゃいました。
「すみませーん」
球拾いの留学生が慌てて拾いに来ます。金髪を無理矢理黒髪にしてるみたい。
「今、強烈なアタックしたのが、三井監督の秘蔵っ子、新垣希ちゃんや。バレー歴一年でBチームのキャプテンたい。わざわざ沖縄から呼び寄せたんだと」
「去年は、バレー以前にルールを全然理解してなくて、力を持て余してたけど、ずいぶん半年でお勉強したようね」
「Bチームの羽林監督にはご挨拶されました?」
「さすがたい。そんなことまで把握済みとわ」
「相変わらず、抜け目が無いわねぇ。ちゃっかりチェックしてるんだから」
担当の私でさえ、そんな人物知らない。なんで監督が二人もいるの? コーチじゃないの?
「確か、帝都大学医学部卒、ハーバードの医学大学院から三年間の教育実習でいらしてるんでしたっけ?」
「詳しいなぁ。そんなこともチェックしてるん? ウチらかて知らんかったのに」
「偶然、小耳に挟みまして」
どこで小耳に挟んだんでしょうか。その情報源教えて下さいよ。
「采配は普通の素人監督ね。サポートのアンドロイドがアドバイスしてるみたいだけど、絶対的に試合経験が足りないようね。平手はAチームだし、関係ないから一安心だわ。素人にいじられたら大変だもの」
「反面教師っていうか、その分、Bチームは全員がしっかり意思表示するようになったたい。
サンドラがAチームに移って、どうするんかと思ったら、風馬佳子・バイエンビッチ・内田美紀の1年生トリオが守備。クラウディーナと、草薙天羽のセッターコンビが攻撃の穴を埋めよった。
これは、ひょっとすると、ミナモトカップでもダークホースになるたい」
「Aチームも、真田優子と平手さゆみのコンビが三年越しでやっと機能しはじめて、さらにサンドラの加入で攻撃と守備に厚みができて、守備面も生駒あおい、桜井浩代に元バレーエリートアカデミー所属の畠山かなえがリベロで加わってことで、安定してきたわね。付属が負けるとは思わないけど」
全然知らない選手ばかり。真田優子もイップスになった所までしかしらない、メンタルもともと弱かったし。取るに足らない予選で消えていくチームのはずだった。
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練習も終わり、後片付けをしている横で、ちょっとした懇談タイム。
「プロ志望届と入団試験を出しました。私はやはりヴィーナスを諦められないので、王帝には行けません。中学の頃からさんざん声かけてもらってすみません」
「三年前同じことを言って、私はそれを受け入れました。その結果、行き場を失ったさゆみはバレーを辞めることも考えたのを忘れた?」
「覚えてます……」
平手さゆみが顔を俯ける。
「後悔しない日はありません。もしあのとき、返事を急がず結果発表まで待って、無理矢理にでも付属高校に入学させていれば、こんな回り道すること無く、馬場や深田とともに、もっと早く全国にその名を轟かせていたはず。
友梨奈だって待ってるわよ。いつかまた一緒にやろうって約束したんでしょ? 最高の環境で、最高のライバルと切磋琢磨し、最高の結果にたどり着けていたはず。
今度、道を誤ってしまうと、さゆみは檜舞台にはたどり着けず終わってしまうのよ。セッターでしょ? どうすれば、一番効率的でリスクが少なく、ヴィーナスに入れて、日本代表になれるかわかるわよね?」
「間違っていたかもしれませんが、道を誤ったとは思ってません。この三年間に後悔はありません。今度の大会で、王帝に勝って証明してみせます」
お、結構根性あるじゃん。
「この一年で付属に勝とうが、負けようが、しょせん高校の大会です。必ず王帝に入れてみせます。私が入れると言っている以上、これは決定事項です。平手さゆみは他の299名とは違うスペシャル・ワン。
王帝大学女子バレー部は、3月31日まで、スポーツ特待生として勧誘を諦めるつもりはありません。それだけの価値があると確信しています」
火花散ってるなぁ。そして、我々にも余計なことするんじゃないわよって牽制してきた。
「伊能君、今日からこの高校の専属担当ということで……。勉強になると思うから」
「勉強ですか?」
「中森さんがここまで入れ込んでる逸材だ。たぶん夏にはスカウトが押し寄せてくる。争奪戦になるぞ。あの手この手で勧誘してくるはず。一応、ウチもトライだけしておいて。優秀なセッターは何人居ても困らないから」
え? この状況で? 絶対怒られますって。
「そんときは、網走で良い居酒屋紹介するよ」
飛ばされるんですか。どんだけ権力有るんだよ。
「良いスカウトに共通するものってなんだと思う?」
情報量? 機動力? 交渉力?
「運たい。伊能ちゃん、争奪戦になる前に、ここに来て良かったなぁ。生駒ちゃんにちゃんと話とかな。エグい手使うやつもおるたい」
鍋島さんは自主トレする生駒あおいのもとへ歩いて行く。
「同感だな。めぐり合わせも実力のうちだよ。というわけで、専属担当頑張って。何かあれば、逐一報告して。今回のミッションは、我がチームに来てくれそうな選手を一人でも増やすことだ。
来年・再来年と時間はたっぷり有るから、争奪戦を横目で見ながら、じっくり取り組むように」
スカウトですから当たり前のことなのですが、そんな争奪戦起きるのかなぁ。
「もし、王帝に勝ったら、中森さんどうします?」
「大人はありえない夢物語は想像しないものだけど、なんでもいう事聞いてあげるわよ」
「じゃぁ、もし、ウチが勝ったら、『私に残してくれてる枠』で、ウチの桜井を『医学部』にいれてください」
「桜井さんを? 医学部に?」
「まだ、進路決まってないんですよ。レギュラーじゃないけど、練習も休まず参加してるし、いいやつなんですよ。ネットでちょっと調べたんですけど、王帝大学の医学部って有名なんですよね?」
「日本が世界に誇る病院といっても過言ではありません。ただ、体育会の人間が医学部というのは前例が……。経済学部や法学部とかどう? こっちも有名よ?」
ちょっと慌ててる。そりゃそうだ。
王帝大学の医学部は偏差値98.9、国家試験合格率98%、6年間の授業料、7000万円。入学金800万円。超絶天才か、裕福な名家のご子息や、王帝OBOG関係者しかできない特殊な学部です。
付属の大学病院は超VIPしか相手にしません。紹介状も卒業生や、系列の上位の病院しか発行できません。
バカ高い学費に代わりに、国立の帝都大学とは違って、金に物を言わせた私立ならではの充実した設備と、入りさえすれば、必ず国家試験に合格するだけの学力と実技をつける充実したきめ細かいカリキュラムが有名。
「ウチが王帝付属に勝って、その程度の評価なんですか? ずいぶん、ウチを高く評価してくれてるんですね。
確か、王帝に在籍してれば、学費とか全部、『卒業まで』負担してくれるって、学部も好きなとこ選んでいい。もし通いたくなったら『海外の大学院や留学も負担する』って言ってましたよね?」
「医学部は想定してなかったなぁ」
「おい、みんな! 来年・再来年、王帝のスカウトには騙されんなよ! いざ取ったら約束を反故にする大学だ! SNSにも拡散しとけ! モゴモゴ」
「平手さん落ち着いて、医学部となると、いちスカウトの私じゃ決められそうにないから、一度持ち帰るけど、検討して……」
「あれ? 確か私には、それだけの権限があるとか、『平手さゆみにはそれだけの価値がある』って言ってくれたのは、やっぱりリップサービスだったんですね。
『何にもしないで、一週間放置しておいて、検討してダメでした』とか、『担当が違うんで、私はそんな話は聞いてません』『そんなの社交辞令』っていうのは無しですよ。
『名門中の名門』で『誠意・誠実がモットー』である天下の王帝大学で、『レベルの低い無名高校職員室のうっかり連絡ミス』みたいなことはないですよね?
平賀先生の社会の授業で『一応』習ったし、この高校に三年もいれば、そのくらい予想ができますから、セッターなんで先に言っておきます」
うわぁ、この高校、どんな指導の仕方してるんだろう。
Written by ロッキー.
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