投稿作品集 > 村の儀式 ふみの試練 p.01
このストーリーは、bbs にて、のりぞう 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は のりぞう 氏にあります。
■ その1 厄娘に選ばれた ■
私の住んでいる地区では12年に一回、大晦日の夜に厄娘と呼ばれる女の子に竹鞭を振るうと言う一風変わったお祭りが行われています。
私は幼い頃から「ふみがもう少し大きくなったら、厄娘に選ばれるかもしれないから、それだけは覚悟しておきなさいよ」と父や祖父母から良く聞かされて育てられてきました。
幼い頃の私は「ヤクムスメ」と言う聞きなれない言葉に不思議な響きを感じるのと同時に、身近な話と言うよりも、昔話やおとぎ話の世界の出来事ぐらいにしか思っていませんでした。
私にとってヤクムスメに選ばれる年になるには、まだ、先の話だと思っていたし、必ずしも私が厄娘に選ばれるとは限らないからでした。
それは、私が高校1年生の年の冬の事でした。
この年は、12年に一回の厄除け神事の行われる年でした。この日、部活で掻いた汗を流してお風呂から上がってくると、地区の会合に出ていた父が公民館から帰ってきました。
公民館から帰ってきた父は嬉しそうであり、悲しそうな表情を浮かべていました。
厄娘に選ばれる事は名誉なことだ。これは厄娘の話をする時、必ず父が口にする言葉です。
いくら名誉とは言え、町の人達の前で愛娘が裸に剥かれて自分の目の前で鞭を打たれるのです。父が複雑な表情を浮かべているのはそんな心情が働いているのでしょう。
どうせ、私なんかが選ばれるはずがない。
そう思っていた私は、父は私が厄娘から外された事に落胆しながらも、愛娘が酷い目に遭わずに済んだと安堵の気持ちから、複雑な表情を浮かべているものとばかり思って、「やっぱり、私は選ばれなかったでしょう」と話しかけました。
すると、父親は「選ばれなかったとは何事だ。厄娘に選ばれる事は名誉な事なんだぞ」と珍しく私を叱りつけると「ふみ、お前は冬休みの予定をすべて空けておけ」と私に言いました。
冬休みの予定をすべて空けておけと言う事は、ズバリ、私が厄娘に選ばれたと言う事です。
「えええ、そんな~。冬休みはキャプテンと一緒に合同練習をする約束をしてたのに」
中学時代、バレー部に所属していた私は高校に進学してもバレーを続けていました。GWとか夏休みと言った長期休暇の時は、キャプテンと一緒に朝早くから夜遅くまでバレーの練習で汗を流して過ごしていたのです。
そんな流れで冬休みもキャプテンと合同練習の約束をしていたのです。厄娘に選ばれた事を知った私は、厄娘に科せられる過酷な試練の事よりも、キャプテンとの約束を反故する事に強い不満を感じていたのです。
「なんだ、その態度は。選ばれた以上は絶対に厄娘を引き受けるんだ」
不満顔の私にお説教を重ねる父。キャプテンとの約束は反故になるし、父親からは怒られるし、本当に散々でした。
古いしきたりとか風習とかいう古臭い話に子供を巻き込むな。私は腹立たしい気持ちになりましたが、いくら私が腹を立ててもひっくり返る話ではありません。
決まった以上は引き受けるしかないのです。私は渋々ながら厄娘の役を引き受ける事にしました。
その日、寝る前に、私はケータイでキャプテンに厄娘に選ばれて一緒にバレーの練習が出来なくなった事を伝えると、先輩は「そのヤクムスメって言うのはどんなものかは知らないけど、折角、ふみが選ばれたんだから、私の事なんて気にせずにバレー部魂でガンバリなよ」と、先輩から励まされてしまいました。
私の住んでいる町とは違う場所に住んでいるキャプテンには、厄娘がどの様なものか知る筈もありません。厄娘と言う言葉の響きから、きっと、巫女さんの格好をして何かをやらされる程度の事ぐらいしか思っても居なかったでしょう。
私にしてみても、憧れのキャプテンに必要以上の心配は掛けたくはありません。ですから、寒空の下で裸に剥かれた上に、竹鞭で全身を打たれるなんて話はしたくはありませんでした。
ケータイを切った時、どうせ、断れない話なのだから、私はキャプテンから頂いた励ましの言葉を頼りに厄娘の役目を全うしようと覚悟を決めましたのでした。
■ その2 幼馴染 ■
キャプテンの言葉に覚悟を決めた私ですが、もう一人、気になる人の顔が頭の中に浮かびました。そのもう一人気になる人と言うのは、キャプテンかキャプテン以上に大切に想っている人です。
それは、部屋のカーテンを開けて見える、隣の家に住んでいる男の子。隣の家と言っても、田舎なので少し距離は離れていますが、私とアイツの心の距離はピッタリと寄り添っています。
家の隣同士で同い年と言う事もあって、私と彼とは幼い頃からいつも一緒に過ごしてきました。
彼の名前はともあきクン。ともあきクンは幼い頃から少し心許ない部分があって、よく、彼の親から「ともあきの事を頼んだぞ」と、何故か私にともあきクンの事を託されていたのです。
そんな事情もあってか、私はともあきクンの前ではお姉さん気取りで居ました。同い年なのにお姉さん気取りというのも、なんだか照れ臭い。本当はもっと肩の力を抜いてお付き合いしたいのに。
そう思っていても、なぜか、彼の前に出るとお姉さん風を吹かせてしまう。少なくとも私はそう思っていますが、時たま、迷惑そうな表情を浮かべるアイツの顔を見ると、私の一方的な思い込みじゃないかと不安に駆られる事もあります。
いやいや、そんな事はない。ヘタレなともあきクンに心を寄せる女なんて世界広しと言えども私ぐらいなものだ。アイツもそれぐらいは十分承知しているはずだ。
多分……。ううん、今はそんな事を考えている時ではない。今は、厄娘の事だけを考えなくっちゃ。
心配性なともあきクンの事。きっと、すごっく不安そうな顔をしているに違いないはず。
私は部屋のカーテンを開けると、明日の朝、どんな顔をしてアイツに会ってやろと、そんな事を考えながら彼の部屋を眺めていました。
■ その3 学校へ行くよ ■
私が厄娘に選ばれた事は、ともあきクンの耳にも入っているだろうな。心配性なアイツの事だから、きっと、私以上に不安な気持ちでいるんだろうな。
そんな私の予想通り、翌朝、学校へ向かう道すがら、ともあきクンは肩を落としてトボトボと歩いていました。
心ここにあらずと言うのか、肩を落として力なく歩いているともあきクンの後姿を見ていると、彼をびっくりさせてやろうと悪戯心に火が付きました。
「お~い、ともあきクン、何暗い顔をしているんだい」
私は努めて明るい声で話変えると、スパイクを打つ様にともあきクンの背中をバンと叩きました。
いきなり私に背中を打たれた彼は、ビックリしたようにビックと肩を揺らすと、私に浮かない顔を向けました。不安に曇る瞳が私の顔を見上げます。
「ともあきクン、もしかして、私の事を心配してくれてるのかな??」
私は腰を屈めともあきクンの顔を覗き込むと、
「厄娘、ふみちゃんがやるんだろ? 心配して当然だろ」
きっと、焦燥感に駆られているのでしょう。彼は少し怒った様な口調で言いました。
「ともあきクンがそこまで想ってくれているんだ。私、嬉しいな」
いつもなら、アレコレと世話を焼いている私ですが、普段、世話を焼いている相手から心配されると言うのもなんだか新鮮。
今までに味わったことのない気分と、本気で私の身を案じてくれる彼の気持ちに打たれた私は、自分でも解かるぐらいに顔がニヤケてしまいました。
「不安じゃないの? 話に聞くと、かなり過酷な試練を受けるんだよ?」
ニヤケ顔で緊張感の微塵すらない顔をしている私をさらに心配するともあきクン。当人がこんな状態では、別の意味で不安な気持ちになっても仕方ないでしょう。
「そりゃ、不安じゃないと言えば嘘になるけど、でも、選ばれた以上は皆の幸せの為に私が耐えて見せなきゃ」
いくら不安がっても一度決まったことをどうすることも出来ないし、決まった以上は少しでも前向きな気持ちで皆の期待に少しでも応えられるように頑張らなっくちゃ。
私はそんな想いでいたいのです。
そんな事よりも、目下、私にとって重要な事は、ともあきクンの体育の補習についてです。彼、運動が苦手で体育はいつも補習を受けているのです。
体育の補習は毎学期末に行われていて、補習を受ける生徒は汗水垂らしてみっちりとしごかれるのです。日ごろから部活でしごかれている私からすれば、甘々に見えますが、体育嫌いな生徒にとっては地獄かもしれません。
「ともあきクンが心配しないといけないのは、私の事よりも体育の補習の事でしょう。本当に、昔から運動が苦手なんだから。ほら、体育の補習に備えて学校までダッシュだよ」
私はともあきクンの腕を取ると、全力を出して走りました。
大丈夫だよ。あんたがいつも私のそばにいるから、頑張れるんだよ。
私は口には出せない素直な気持ちを伝える様に、ともあきクンの腕をギュッと力強く握りしめたのでした。
■ その4 ふみの不安 ■
ところで、厄娘に選ばれて不安や心配事が全くなかったのかと言えば、まったくの嘘になります。出来る事なら痛い目や恥ずかしい目に遭いたくはないと言うのが本音でした。
しかし、一度決まったものを覆すわけにもいかず、もし、そのような事をしたら村八分にされて一家揃って町から出て行かなければなりません。
どうせ、逃れられない役目とあれば、前向きな気持ちで挑んだ方がマシだと思って、極力周りの人たちに心配かけない様に務めて明るく振る舞っていたのが本当のところでした。
か弱い少女の犠牲の上で、町の秩序が保たれていると思うと、とても複雑な気持ちになります。
厄払いの神事を受けるに際して、色々と気に病むことがあるとお話しましたが、特に、私が気に病んだのは、私が厄娘に選ばれた事が学校中に広がるのではないかと言う不安と、私の姿を写真に撮られて、ネットに流されるのではないかと言う不安でした。
高校ともなれば、色んな場所から学校に通ってきます。厄払い神事は12年に一回行われるお祭りとあって、同じ地区に住んでいる生徒以外は全く知られていないお祭りでした。
ですから、もし、同じ町内に住んでいる生徒が学校の誰かに厄払い神事の話を漏らしたら、同じ学校に通っている女子生徒が裸に剥かれた上に鞭で全身を打たれるという信じ難い状況を一目見ようと、興味本位で神社の境内に集まってくるかもしれません。
私が皆の前で裸に剥かれる決心を付けたのも、たとえ同じ学校の生徒やクラスメイトの前で恥ずかしい姿をさらけ出したとしても、それは同じ氏子と言う集団の一員の幸せを願う為と言う建前があるから何とか辛抱すること出来ると思ったからです。
よそ者なんぞに私の露わな姿をお披露目する道理はありません。それに、あくまでも神事である以上は、興味本位で集まってほしくはないのです。
結果として、気まずさもあってか、私の学校からはよその地区に住んでいる子がお祭りを見に来ませんでしたが、話によると、他の学校へ進学した子がお祭りの事を話したそうで、その子の友人たちがこぞってお祭りを見に来ていたそうです。
そして、彼らが私が鞭を打たれる姿を写真に収めて行ったと聞きました。不幸にして、第二の不安が的中したのです。この時撮られた写真がネット上にばら撒かれたのです。
望遠で撮ったのでしょうか? ネットに撒かれた写真の中には、明らかに私だと解かる裸の少女が、身体中に蚯蚓腫れを這わせていました。
全身を痛めつけられた自分の裸を見ると言うのも気分のいいものではありません。写真を見た時、私自身がと言うよりも、なんだか、神事自体を汚された気持ちになりました。
当然ながらその事が問題視されないはずがありません。
私の前の厄払い神事の時はまだ、ネットが普及していなかった時代だったので、そのような問題が取りざたされる事はありませんでしたが、私の代の時はネットが普及して、気軽に写真が撮れて、撮った写真をその場でネットに流すことの出来る時代になっていたのです。
聞くところによれば、褌と白い法被姿の少女たちが町中を練り歩くお祭りがあったそうですが、そのお祭りの様子を写した写真がネットに流れたことをきっかけに、お祭りに参加する女の子達は体操着やスクール水着の上から褌を締めるようになったそうです。
幸か不幸か、ネットに酷い写真をばらまかれても、それで不都合を生じる事はありませんでしたが、この事が問題となり、12年後の厄除け神事は人目を避ける様に厄娘の周りに幕を張って、鞭で打つ人以外には厄娘の裸が目につかないようにしたそうです。
お陰様で、私の時に比べて参拝者の数が大幅に減ったとか。現金なものです。
「世知辛い世の中になった」と氏子代表がぼやいたそうですが、元・厄娘経験者としては、周りに幕を張るだけではなくて、裸をやめて、せめてビキニでいいので、水着だけでも身に着けさせてほしいと思うのですが、それでは神事の意味が無くなってしまいますね。
もどかしい話です。
■ その5 シャワーを浴びよう ■
12月28日の夜。私はお風呂の脱衣場で服と下着を脱いでシャワーを浴びました。シャワーを浴びると言ってもお湯ではなくお水でしたけど。
29日を迎えた頃に神社からお迎えが来るので、その前にお湯ではなくキンキンに冷えた冷水を浴びてお清めをするのです。
シャワーを浴びる前、私は父親から「ズルせずに、お湯ではなくてちゃんとお水で身体を清めるんだぞ」と釘を刺されました。
水道の無かった時代には、外に出て、寒空の下で井戸水を浴びていたそうですが、文明の利器が発達した現代では、寒風が吹きすさぶ屋外ではなく、お風呂場で身体を清める事が出来るのです。
とは言っても、服を脱いで冷え切った浴室の中に入るとやっぱり寒い。浴室に漂っている冷気が私の肌を痛めつけてきました。
真冬のお風呂と言えば、暖かいお湯の中に身体を沈めてホッコリする場所なのに、この日のお風呂に限って言えば、私に試練を与える場なのです。
寒さで体を震わせながら青色のボッチが付いた蛇口に手をのせると、あとは小刻みに揺れる手でギュッと蛇口を捻るだけですが、この時の私はなかなか蛇口をひねる覚悟が出来ませんでした。
時間にして五分ぐらいでしょうか。
お水を浴びる覚悟が定まらず、右手でお水の出る蛇口を握ったまま左手で震える身体を擦って過ごしていたら、「ふみ、いい加減に身体を清めないか」と浴室と脱衣場を仕切るドアの向こうから父が催促してきました。
父から催促されて、これ以上、時間を引き延ばす訳にもいかなくなった私は、お湯の出る赤色のボッチのついた蛇口を恨めしく眺めながら、お水の出る蛇口を力いっぱい捻りました。
蛇口を捻ると、シャワーのお水が勢いよく私の身体を濡らします。
「キャ、冷たい」
お水の余りの冷たさに、禁を破って思わず悲鳴を上げてしまいました。儀式の最中はどんな目に遭おうと私は声を上げてはいけないのですが、あまりのお水の冷たさに悲鳴を上げてしまったのです。
私が甲高い声で悲鳴を上げると、ドアの向こうから、「見っとも無い声を出すな。お前はこれから冷たい水を浴びるよりも辛い目に遭うんだ。そんな事で悲鳴を上げていてどうする」と、父が怒ってきました。
いくら、大切な儀式とは言え、可愛い一人娘が冷たいお水で身体を濡らしているのです。
怒ってばかりいないで、肌寒い浴室の中で冷たいお水を浴びなくてはいけない私の身体を少しぐらいは案じて欲しいと、私は心の中で毒づいていました。
冷水を浴びて心身ともに清めないといけないと言うのに、心の中で毒づいていてはいけません。今にして思えば、そう思うのですが、冷たいお水を浴びていたあの時はそんな事を考えるだけの余裕はありませんでした。
冷たいお水を浴び終えた私はタオルで身体に着いた水気を取りました。この時、タオルで身体を拭くのではなく、タオルを身体に押し付けて、水気を取りました。
なんでも、昔の身分の高い人は、お風呂から上がると何枚も湯帷子を重ね着して、身体についた水気を取っていたそうです。
西洋ではガウンが湯帷子の役目を果たしていたそうですが、私がタオルを身体に押し付けて、肌に着いた水気を取っていたのも、重ね着して水気を取っていた湯帷子の名残だそうです。
身体の水気を取ると、白い単衣を素肌の上に重ねました。感じとしては純白の浴衣を身に纏った感じですが、着心地は浴衣とは全く違っていました。
浴衣に比べて生地に厚みがあって、まさに着物を着ている感じでした。
浴衣を着こなす様に白色の単衣を纏うと、私は自分の部屋に戻ってお迎えが来るのを待ちました。
29日の0時ちょうど、玄関から火との声が聞こえてきました。どうやら、神社の方が私を迎えに来たようです。
私は呼ばれるままに玄関へ行くと、
「不束な娘ですが、よろしくお願いします」
父は心配そうな顔で氏子さんに頭を下げました。父につられる様に頭を下げる私。
「こちらこそ、ふみちゃんに大変な役目を押し付けてしまい、恐縮に思っています」
氏子さん達も私や父に頭を下げます。
「ふみ、氏子さんや宮司さんの言う事をしっかり守ってお役目を全うして来いよ」
父は私の頭の上に手を乗せて言いましたが、その口調からは、大人の都合で無理を押し付けた私への謝罪の響きが込められているようでした。
この時の父は、私への申し訳なさと不安な気持ちでいた事でしょう。
「私ならどんなお役目でも全うできると思って私を選んだんでしょ。私、立派にお役目を全うしてくるから、そんなに心配しないで」
私は笑顔を作ると、右腕を上げて単衣の袖をずらして二の腕を出すと、ギュッと、力を込めて腕を曲げました。私が腕を曲げると、部活で鍛えた二の腕に力瘤が出来ました。
「それじゃ、行ってくるね」
私はいつも学校へ行く時と同じ感じで言うと、山から吹き降ろす冷たい風が吹く中を、提灯の明かりを頼りに神社へと向かったのでした。
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