投稿作品集 > それぞれの告白 恥辱の集団行動編

このストーリーは、bbs にて、のりぞう 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は のりぞう 氏にあります。



■ 恥辱の集団行動 ■

<序>

噂には聞いていましたが、車の車窓越しに見る彼女達の通学光景ほど酷いものはありません。

自転車は横に広がって走っているし、平気に車道へ飛び出して来る生徒もいます。前を見ずに携帯電話を弄りながら自転車に乗っている子も居ますが、私の不満はそれだけではありません。彼女らの服装も一目で酷いものだと思います。

ボタンを外して胸元を肌蹴ている子やブラウスから派手なブラジャーが透けて見える子も居ますし、裾を短く切り詰めたスカートの下からハーフパンツを覗かせている子も居ます。スカートの下からハーフパンツの裾が出ているのは同じ女性として見苦しく見えます。

「服装の乱れは心の乱れ」

と、今の教師たちは教えないのでしょう。だから、人目も憚らず、平気な顔をしてタバコを吸いながら登校している生徒もいるのです。


今から10年ほど前、私が彼女らが在籍している県立M女高等学校で体育指導を行っていた頃には考えられない景色です。当時、私達教師陣は厳しく生徒達を指導していたものですが、今の彼女らには当時の面影すら見出す事が出来ません。

それほど、彼女達は堕落した高校生活を送っているのです。今から10年ほど前までは、県立M女高校は厳しい指導を行っている高校として有名でした。もし、校則を違反したり風紀を乱す行為を行えば容赦なく叩いて指導していました。

鉄と言うのは高温で熱して強く叩いてこそ、強く鍛えるものです。私達は鋼を鍛える様に彼女たちを厳しく指導していたのです。

そんな厳しい指導を象徴していたのが集団行動です。今から、私が行っていた集団行動についてお話ししたいと思います。


<一>

毎年4月から5月の半ばにかけての体育の授業は集団行動の時間に費やします。

集団行動で要求されるのは、調和された動きの美しさと、キビキビとした小気味の良い動きです。

手際よく行動する事により、高校生らしいハツラツとしたフレッシュな印象を与え、生徒達は教師の号令一下で一糸乱れぬ統一された行動をとる事により、周囲との協調性や教師や先輩達からの従順性を身に着けて、M女高生徒としての自覚を養うのです。

まず、何事においても初めが肝心と言います。

新入生である新1年生達には2年、3年生の先輩たち以上に厳しく指導をしますが、2年生は1年生の先輩として、3年生は最高学年生としての身のこなしを要求しているので、彼女らに対するプレッシャーは並々ならぬものがあります。

1年生達の一番最初の体育の授業は、3年生達の集団行動を見学させるのです。まずは、手本となる先輩たちの姿を見て学ぶのです。


新1年生達にとって一番最初の体育の時間、襟周りと袖口に緑の縁取りをした丸首タイプの体操シャツと緑色のブルマを穿いた1年生達が朝礼台の横に集まると、私は朝礼台の上から「ピィ」と笛を短く吹きます。

私が鳴らす笛の一声で、運動場で事前準備体操をしていた3年生達が一斉に駆け寄ってきます。この時、彼女たちはグーを握り肘を直角に曲げ、腋をギュッと締めて駆け足で集合します。これが、M女高校の体育の時間における集合の時の正しい姿です。

朝礼台の前に3年生達がクラスごとに二列縦隊で集合すると、最前列の一番右端の生徒が手早く右腕を上げます。右腕を上げた生徒を基準にして、列を整える為です。

右端の生徒が右腕を上げると、グーに握っていた手を指の隙間が開かない様にパーに広げ、腋を締めたままで前にならえをします。これで縦の列を整えると、今度は左腕を指先まで伸ばし、右腕を腰に当てるのと同時に、全員、右側に顔を向けます。これで横の列を整えるのです。

縦横の列が整うと、基準となった最前列右端の子が素早く手をおろします。ここまでは私は一切指示を与えてはいません。ここまでの一連の動きが「集合」の合図の中に含まれているからです。


背筋を伸ばし、爪の先までピンと伸ばした両腕を身体の横に付けてまっすぐ朝礼台の方に顔を向けて、微動たりともしない3年生達。今日は春の陽気に包まれた天気のいい日ですが、いつも、天気がいいとは限りません。

その日は朝から天気が悪く、体育の時間が始まるまでは何とか天気は持ちましたが、体育の時間が終わりかけた時に雨粒がぽつぽつと落ち始めたと思ったら、バケツをひっくり返したような大雨が降った事がありました。

生徒たちはシャワーを浴びる様な雨脚の強い中でたとえ身体がずぶ濡れになろうとも、雨の中で立っていなくてはいけません。

私はあらかじめ用意していた傘をさして雨をしのぎましたが、彼女たちは雨ざらしの中、肌寒く震える身体を無理やり抑え込み、半袖ブルマ姿で私の指示が出るまで直立の姿勢を保ち続けていたのです。

指示通りの行動をとる事。この教えを忠実に守っていたのです。雨に打たれて前髪から滴り落ちる雨粒が生徒達の頬を伝うと、まるで、雨の中でジッと耐えさせられている彼女が流した涙に見えたのでした。


<二>

卒業式の時、先生と生徒と言う間柄から解放された生徒達が私に対して直接不満をぶつける事があります。

三年間の私に対する恨みや鬱憤を晴らす為です。卒業証書を貰って教師と生徒と言う関係が解消された以上、私は彼女たちの言葉を遮ることなく、一人ひとりの愚痴に耳を傾けました。

多くの生徒達が口にするのが、三年間にわたる厳しい指導に対する恨み言ばかりですか、それ次いで多く聞かれたのが、子ども扱いされ続けてきたことに対する不満でした。

私と一緒に3年生達の行進を見ている新入生が穿いているブルマの奥深くにはナプキンを当てている子が居るでしょう。

いくら第二次性徴が始まって身体に丸みを帯びだしたとはいえ、おぼこい顔つきにほっそりとしたボディーラインからは、まだ、少年とも少女とも取れぬ青臭さを感じますが、私の目の前を行進している3年生の女子生徒の顔からはあどけなさが消え、熟れた肉体を包む体操着の上からも、むせ返る様な女の色香を漂わせています。

彼女たちは心身ともに女なのに、中学生や小学生の女の子みたいに学校で決められた体操着を身に着けさせられれ、事あるごとに子供の様な扱いを受けている事に不満を抱いているのです。

しかし、今、ここで行進している女子生徒達はその事に対する不満や不平を口に出したり態度で示したりする事は出来ません。不平や不満は体操シャツを膨らませている胸の膨らみの奥深くに仕舞い込んで行進に専念しなくてはいけないからです。


<三>

集合する時に決められたカタチがあるように、M女高校の行進にも決められたやり方があるのです。

行進する時は、腕の付け根から爪の先までピンと伸ばして、30度の位置まで振り上げて行進しなくてはいけません。顔は正面を向けて、脚は膝が直角に曲がるまでブルマの裾からむき出しになった太ももを上げなくてはいけません。

実際にやってみれば解る様に、長時間、太ももを高く上げ続ける事は容易ではありません。大抵の場合は、太ももやふくらはぎの筋肉がすぐに張ってしまい、太ももを高く上げ続ける事が出来なくなってしまいます。

では、太ももを上げれなくなったらどうなるのでしょう? それを新入生たちに見せつける必要がありますが、私からの過酷な指示に耐えるだけの体力と肉体を手にした3年生達が、たかだか行進だけにミスを犯すはずがありません。

彼女たちは二年間の間に身に着けた動きで周囲との寸分違わぬ動きで行進し続けています。

ミスが出なければでっち上げればいいだけの話です。この場においては、事実よりも私の一言の方が重みを増すのです。


「全体、止まれ!!」

私が停止の合図を出すと、行進が止まります。私はすかさず、

「青のB26番、列から離れて私の前に来なさい」

と、一人の生徒を呼びつけました。集団行動の時間は、私は生徒の氏名を呼ぶ事はしません。それは、集団行動に置いては個性や人格と言うものが必要ないからです。

与えられた指示に対して寸分狂わぬ動きで応える機械の様に、生徒達は無機質な機械部品の一つとして扱うのです。だから、私は機械部品のロット番号の様に、記号と数字で彼女たちを呼んでいるのです。

ちなみに、青と言うのは3年生達が身に着けている青縁の体操シャツに青色のブルマを指しているので、青のBというのは3年B組となるのです。26番と言うのは殊更説明する事もなく、出席番号になります。

私からの指名に驚いた表情を浮かべた生徒は、集合の時と同じ様に肘を直角に曲げ、腋を締めて小走りで朝礼台の前に来ました。


「青のB26番、指示通り参りました」

集団行動に置いては、生徒自身も自分の名前を名乗る事をさせてはいません。生徒自身にも、人格を否定させる意味においても重要な事だと思っています。

「青のB26番、あなたは周りよりも太ももを上げる高さが低かったように見えました。一人の動きの乱れが全体の乱れに繋がります」

私の言葉に、青のB26番は困惑気味の表情を浮かべました。彼女自身、周りと動きを合せていたし、事実、私の目にも一切の乱れを見受ける事はありませんでした。しかし、この場においては事実よりも、私がそう見えた、という不確定な事実誤認の方に重きが置かれるのです。

「先生、私……」

青のB26番は何か言おうとしましたが、

「一切の反論は赦しません」

と、私は彼女の反論を封じました。


可哀想だ。先生の言い掛かりだ。こんな理不尽な事が許されるの? 事の成り行きを見守っている生徒全員の顔からは、私に対する疑念がわき起こっています。

しかし、この様な生徒達の取るに足らぬ不満一つで動じていては、教師として彼女たちを指導する事など出来はしません。

私は私自身に向けられた声なき声に耳を瞑り、理不尽さに顔を歪ませる生徒に生贄としての役目を与えたのです。行進の時の指導は腕の振り方にミスが生じれば二の腕に鞭を与え、脚の動きにミスが生じれば太ももに鞭を与えます。

私は、朝礼台から下りると、ビクビクと怯える生徒の太もも目掛けて、競馬用の鞭を振り上げました。

鞭の先が生徒の太ももを捉えると、彼女は悲鳴を上げながら、少しでも痛みから気をそらせようと、まるで陽気なスッテプを踏むように、必死な形相になって太ももを高く上げていました。


「そんなに太ももが上がるのに、あなたはサボりましたね」

私はそう言うと、無傷の太もも目掛けてもう一発、鞭を振り下ろしました。青のB26番の太ももに二つ目の赤い筋が走ると、彼女は再びガバッと大股を開いてステップを踏みしめました。

「何を人前で馬鹿踊りを踊っているの。今はダンスの授業じゃありません」

唇を噛みしめながら足をバタつかせている青のB26番に踊りをやめさせると、彼女は痛みにうずく太ももをさすりたいのを我慢して、直立の姿勢を取って、

「ご指導有難うございました」

と、私に一礼すると、素早く列に戻っていきました。恥じらいもなく大股を開き、呆けたように踊り狂った先輩の滑稽な姿がよっぽど可笑しかったのか、新入生たちは固まった表情のまま身体を震わせていました。


<四>

私はかつて勤めていたM女高校の生徒達を横目に見ながら車を走らせて、今、教鞭を執っている某私立高校へ向かいました。

(そう言えば、そろそろ美少女コンテストの時期だったわね)

私は夏本番を前にして、毎年行われる美少女コンテストに思いを馳せると、バックミラーに自然とほころぶ私の口元が映っていました。

美少女コンテスト。これは、男子生徒達が勝手に名づけたネーミングですが、私は的を得たネーミングだと気に入っています。私の勤めている高校では、スポーツ大会が多く開催される夏場から市民文化祭の行われる秋に掛けて、臨時のバトントワリング部員を集めています。

私の告白を聞いてもらっても明らかなように、私の指導はとても厳しく、自ら手を挙げる女子生徒など一人もいません。だから、私は男子による投票によって、各クラスから一名ずつ代表を選んで臨時でバトントワリング部に入部させているのです。

この臨時のバトントワリング部員の推薦投票の時、可愛い女の子が涙を流してしごかれている姿が絵になるとの理由で、男子達はクラスで一番可愛い女子生徒の名前を挙げるのです。こういう事情があり、男子生徒達は美少女コンテストと呼んでいるのです。

今年はどんな子が私の指導で恥辱の涙を流すのか、初夏の陽射しのように私の心は踊りました。

(終わり)


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