投稿作品集 > わたし、頑張ります!! p.01

このストーリーは、bbs にて、のりぞう 氏より投稿していただいた作品です。 この作品の著作権は のりぞう 氏にあります。



~ 夏の夜 あゆみ 高校1年生・8月 ~

真夏の太陽が西の空に沈んでも、昼間の熱気は閉め切った体育館の中に残されていた。

窓や扉を開け放てば夜風が吹き込んで多少なりとも暑を和らげる事も出来ようが、まるで、外部との接触を避けるかのように体育館の窓と言う窓を閉め切っていた。

体育館の中には真夏だと言うのに厚手のジャージの上下を着込んだ少年と、白のポロシャツと黒のジャージのズボンを穿いた大人の男性がネットを挟んで対峙していた。

少年達はまだ、日が高くなる前から閉め切った体育館の中に籠り、休憩らしい休憩も取らずに長時間に及ぶ練習に打ち込んでいた。

少年は腰を落とし、斜め下に突き出すように両腕を伸ばして、伸ばした先の両手を固く組んだ。

いわゆるレシーブの構えだ。レシーブの姿勢を取っている少年の顔は疲労の色が隠せず、額には汗が滲み、短く切り揃えた髪の先からは大粒の汗が滴り落ちてコートを濡らす。


「よ~し、しっかりとボールを拾え」

「ハイ」

ポロシャツの男性は少年のコーチであろうか?

コーチがアタックを打つと、少年はネットを越えて飛んでくるボールの落下位置を予測して、全身をコートに打ち付けながら落ちてくるボール目掛けて飛び込んだ。

少年の伸ばしきった左腕の数センチ先、少年の予測よりもわずかに届かず、ボールは空しくバウンドしながらサイドラインの外へ転がった。

「ヤル気があるのか。もっと集中しろ!!」

ボールを拾えなかった少年に、コーチの雷が落ちる。

「すいませんでした」

少年は声変わりの前なのだろうか?

ボールの代わりに少年の高い声がコーチに返る。少年はボールが拾えず悔しそうな顔をしながら立ち上がると、流れ落ちる額の汗を手の甲で振り払って腰を落としてレシーブの構えを取った。


「お前はいつも、口だけだ。やる気がなければ帰れ!!」

「もう一本お願いします」

少年はコーチの怒りに臆することなくレシーブの構えを取ってジッとコーチの顔を見据えると、コーチは少年の意気込みに応える様にアタックを打ち込んだ。

勢いに乗ったボールがネットを越えて真っ直ぐ少年に向かって飛んでくる。

バチーン

勢いづいたボールが少年の身体にあたると、「ギャァ」と甲高い悲鳴が上がった。勢いのついたボールは少年の腕ではなく、少年の胸に直撃したのだ。

胸元にボールが直撃した少年は、痛みの余りに悲鳴を上げてボールの勢いそのままに倒れこんだ。コートの上に横たわり、悶絶している少年の身体に容赦ないボールが飛んでくる。

「早く立たんか。お前のやる気はそれぽっちか」

いくらジャージを着ているからとはいえ、直撃するボールの痛みが和らぐことはない。


ボールの雨から逃れようと、少年は痛みに顔を歪めながらも立ち上がってレシーブの構えを取ったものの、すでに彼の体力も限界に達していた。

折角立ち上がった少年ではあったが、足腰に力が入らず、まるで生まれたての仔馬の様にナヨナヨと床に崩れ落ちた。

(限界か……)

床の上に崩れ落ちた少年の姿に限界を感じ取ったコーチは「胸だし30周」と彼に指示を出した。

「ハイ」

少年はゆっくりと立ち上がると、午前中から身に着けていたジャージを脱ぎだした。保温性と吸湿性の高いジャージは十分すぎる程汗を吸い、水に濡れたように重かった。

汗を含んだジャージの上着を脱ぐと、一瞬、モワッと湯気が上がった。厚手のジャージが邪魔をして、蒸発した汗が少年の身体の周りに纏わりついていたのだ。

湯気が立ったのは、少年の身体に纏わりついていた汗がジャージを脱いだことによって解放されたからだ。


ジャージの上着を脱ぐと、少年は半袖の体操シャツ姿になった。白色の体操シャツは汗で少年の肌にへばり付き、所々汗によって肌の色が透けていたが、そこには少年らしからぬものまで透けていた。

その、少年らしからぬものと言うのが、幅広のブラジャーラインである。幅の広さから彼が身に着けているのはスポーツブラである事がわかる。

しかし、スーツブラだけではない。ジャージのズボンを下ろすと、下したズボンの下からは紺色のブルマが現れたのだ。彼の穿いている紺色のブルマも半袖シャツ同様に、汗によってお漏らしをしたかのようにグッショリと湿っていた。

ジャージを脱いだ少年は一呼吸置くと、今度は汗に湿った半袖シャツを脱ぎ捨てて、最後に唯一彼の上半身を飾っている、白のスポーツブラを取り去った。

少年がスポーツブラを外すと、彼の胸元は遠慮がちに膨らんでいた。そう、彼は少年ではなく、紛れの無い女の子なのだ。

女子の割には比較的背が高く、細面の輪郭にキリリと引き締まった面立ちと、センター分けの前髪に耳のラインに沿うように切り揃えられた横髪、それに、首筋が見える様にカットされた襟足と言うヘアスタイルと相まって、彼、いや、彼女を少年ぽくさせていたのだ。

しかし、よくよく彼女の顔を見てみると、髪を伸ばしてお洒落をすれば、クラスの男子達がほっておかないぐらいな美少女へと生まれ変わることぐらいは、彼女の面立ちを見れば容易に想像がつく。


少女が脱いだ体操シャツの胸元を飾っているゼッケンには『寺本彩弓』と書かれていた。あゆみさんがしているヘアスタイルは、バレー部カットと呼ばれる女子バレー部伝統のヘアスタイルだ。

短く髪を切り揃えるのには、髪を短くすることにより運動しやすくする機能面と、女子部員達を男子の様な風貌に見せる事によって、男子との恋愛やお洒落から遠ざけて、バレー一筋に打ち込ませるという側面がある。

上着を脱いで乳房と言うには憚れるような控えめな胸をさらけ出し、ブルマ一枚と言う女子にとっては顔から火が出る様な恥ずかしい姿で男性のコーチの前で直立の姿勢で立つあゆみ。

あゆみはさらけ出した胸を隠したい気持ちを抑え、まるで自分が裸でいる事を意識していないような素振りで真剣な顔でコーチの話を聞いていた。

直立の姿勢で話を聞いているあゆみの裸を見ていると、身体のあちらこちらが青紫色に変色していた。内出血をしているのは、全て、練習の時にぶつけられたボールの痕である。

内出血の跡が残るあゆみの裸は、彼女が受けてきた練習の凄まじさを物語っている。


「校庭30周走って今日の練習は終了」

「ありがとうございました」

コーチの総括が終わり、深々と頭を下げると、あゆみは夜陰に沈む校庭へと駆け出して行った。

「いほこ~ファイト、ファイト」

明かり一つない校庭に木霊するあゆみの声。だが、彼女の掛け声に応える声は聞こえない。

そう、彼女は一人ぼっちのバレー部員。

闇は人を不安な気持ちに掻き立てるものだ。それは、厳しい練習に明け暮れているあゆみも例外ではない。暗闇の中、一人、ブルマ一丁と言う心許ない恰好で走っている彼女の心は、恥ずかしい気持ちと不安な気持ちとで入り乱れていた。

私がどれだけ厳しい練習を積み重ねようと、檜舞台に上がる機会などやってはこない。たった一度きりの貴重な高校生活を、厳しいだけの部活に費やしていいのだろうか?


あゆみは迷いながら暗闇の校庭を走っていると、遠くから自分の姿を見守ってくれているコーチの姿を見止めた。

たとえ一人ぼっちだとしても、たとえ日の目を見る機会が無かったとしても、私には厳しくも温かく導いてくれるコーチがいるんだ。

あゆみは迷いを吹っ切るかのように大きく頭を横に振ると、自分の決意を表すかのように精一杯の声で掛け声を掛けた。

「いほこ~ファイト」

あゆみの姿を見守るコーチは、闇夜に響く彼女の決意を受け止めるかのように頷いた。夜陰に沈む校庭を一人で走るあゆみの姿を見守るコーチの眼差しは、どこまでも優しかった。



~ 決意 あゆみ 高校1年生・春 ~

あゆみは鏡の前に立つと、短く切り揃えられた髪にブラシを入れた。

あゆみが髪を短く切り揃えたのは、高校に入学したその日の事である。入学式当日の朝、学校に登校したあゆみはこれから一年間お世話になる担任へ挨拶するよりも先に、コーチのもとを訪れた。

入学の挨拶をしにコーチのもとに訪れたあゆみは少し照れ臭さを感じていた。というのも、コーチとはあゆみが中学生時代からの付き合いがあったからに他ならない。

これから教師と生徒としての新たな関係を結ぶ以上は、照れ臭さを感じても挨拶をするのが礼儀である。

「今日から伊保高校に通う事になりました、寺本彩弓です。よろしくお願いします」

コーチの前でお辞儀をするあゆみ。あゆみがお辞儀をすると、肩より少し長めに伸ばしていた黒髪がサラサラと動いた。

髪を短く切り揃えたあゆみは精悍な顔つきと相まって男子さながらの風貌をしているが、髪を切る前のあゆみはセミロングの髪が似合う可愛らしい女の子であった。


あゆみがお辞儀をし終わると、コーチはあゆみに対して「覚悟はしているとは思うが」と前置きしたうえで、彼女に髪を短く切るように指示を出した。

髪を短く切れと言われても、どれぐらいの長さまで切っていいのか判らなかったあゆみはコーチに尋ねた。すると、コーチは学校の近くにある理容店に行って「バレー部カット」と言えば解かるとだけ、彼女に教えた。

入学式が終わり、コーチに言われるままに学校の近くにある理容店に入ったあゆみは、これもまたコーチの言われるままに「バレー部カットをお願いします」とお店の主人に注文をした。

「御嬢さんはバレー部の子なんだ。可愛い顔をしているのにバレー部カットなんて、可哀想な気もするね」

バレー部カットのオーダーを聞いたお店の主は、これから切り落とすことになるあゆみの後ろ髪を名残惜しそうに櫛ですいた。

(もしかしてだけど、丸坊主なんて事はないですよね……)

自分の髪をそこまで名残惜しむ主人の姿に、あゆみはこれから自分がどんな髪型にされるのか不安がつのった。


スポーツ少女の中には丸坊主とは言わないにしても、スポーツ刈りやベリーショートにしている子も大勢いる。

コーチからは「髪を短くして来い」と「バレー部カットと言え」の二つしか言われていないあゆみは、自分がどんな髪型にされるのか全く分かっていないのである。

(あ、ちょっと……)
(ああ、そんなに切るんですか……)

不安を募らせているあゆみを余所に、主人は彼女の髪にハサミを当てると、大胆かつ容赦なくあゆみの髪を切り落としていった。

バサリ、バサリ

ハサミが動くたびに黒髪が落ちていく。後ろ髪が綺麗さっぱり消えてなくなると、今度は横髪にもハサミを入れられて、普段は髪に隠れていた耳が丸見えになった。

後ろ髪と横髪が綺麗さっぱりなくなると、上瞼の少し上の辺りまで伸びていた前髪も眉毛の3センチメートル上の辺りまで切られた挙句、最後にトドメとばかりに襟足の辺りに軽くバリカンを入れられてセットは完了した。

前髪は見事なまでのセンター分けで、横髪は耳のラインに沿って綺麗に切り揃えられて、あゆみが頭を動かす度に、切り揃えられた髪が跳ねる様に浮いた。


髪を短く切り揃えたあゆみがまず感じた事が二つあった。

一つは、頭が軽くなったと言う事。髪自体にさほど重さがある訳でもないが、髪を伸ばしているのとそうでないのとでは、感じる重さに大きな違いがある事に驚いていた。

それともう一つは、髪を短く切って頭の後ろと耳の辺りがスースーと風通しが良くなりすぎて落ち着かないって事。

あゆみは軽くなった上に風通しの良くなった自分の頭に違和感を覚えながらお店を出ると、店の前にはコーチが立っていた。

「どうだ、その髪型は? 大分凛々しくなったぞ」

バレー部カットになったばかりのあゆみの姿を眺めながら、コーチは嬉しそうだ。

(私が凛々しいって、変な感じ……)

コーチから凛々しいと褒められたあゆみはくすぐったい気持ちになった。


「いいか、今日からお前は正式なバレー部員だ。部はお前一人しか居ないが、決して腐らずに俺について来い。それと、今日からお前は女子であり男子でもある。少なくとも部活の最中はお前を男子として扱うつもりだから、そのつもりでいろ」

「はい」

コーチに言葉を噛みしめる様に返事をするあゆみ。

「よし、明日からお前が学校を卒業するその日まで、厳しい練習の毎日が続く事になる。今日はお前がゆっくりと身体を休める最後の日だと思ってしっかりと身体を休めろ。いいな」

コーチの言葉にあゆみの心が引き締まる。もう、今更迷う事はない。こうなることを承知の上でコーチのもとに来たんだ。

あゆみは自分の覚悟を表明するかのように、「よろしくお願いします」と頭を下げた。

伊保高校女子バレー部はこうして新たなスタートを切ったのであった。


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