あの時代の出来事 > 第五章 少女の未来

■ 第五章 少女の未来 ■

<01>

「おい、耕造。先生が呼んでるぞ」

――また尻叩きかなぁ。

『お寺さん』に来てから一ヶ月以上が過ぎた。何をすればいいのか、何をしたらいけないのか、どんなことをしたら先生に叱られるのか、たいていのことは分かってきた。

それでも、数日に一度は全員がお尻を赤くした。先生の部屋に呼ばれるということは、その覚悟をしなくてはならない。

耕造には全く心当たりがなかった。何かをしでかした記憶はない。それでも、叱られるときは叱られる。殴られるときは殴られる。ここでは、先生が黒と言ったら黒だし、白と言ったら白だった。

とにかく、「ごめんなさい」と言って、反省している態度を示す。なるべくお尻叩きの数を減らしてもらうのが最善の策だということを学んでいた。逆らったり、言い訳をしたりすることは自分を追い込むことだった。

ただ、ここ最近はちょっと様子が変わっていた。


<02>

先日、先生の部屋に呼ばれたとき、先生のほかにもう一人男の人がいた。知らない顔だった。

「全部脱ぎなさい」と先生が言うので、耕造は言われた通り裸になった。知らない男の視線が怖かったけれど、先生が言うならやるしかない。

その男が、紙袋から服を取り出した。見たところ新しい服だった。

「それを着なさい」と先生に言われて、耕造は手に取った。ボロボロのワンピースしか着ていない耕造は、一瞬嬉しかったけれど、すぐにおかしいことに気が付いた。

その服は、女の子用の服だった。ワンピースだって女の子のものだけれど、それは事情があるからだ。みんな同じ服を着ている。しかし、その服は違った。

まず、パンツが女の子用だった。大きさも耕造には少し小さくて、穿いてみるとモッコリした部分が強調されて、裸でいるよりもむしろ恥ずかしい気がした。

シャツも女の子が着るような柄の入った服だし、下に穿いたのはスカートだった。それも、かなり丈が短くて、少し動いたら簡単にめくれてしまうだろうな、と耕造は思った。

――なんなんだろうな、これ。

意味が分からなかった。どうして自分は女の子の格好をさせられているのだろう。目の前の知らない男は、満足そうにほほ笑んでいる。正直気味が悪かったけれど、叱られるよりはマシかな、と考えた。

「スカートをまくってみてくれるかな」

不意に男が言った。先生の方をチラッと見たら、うなずいているので、耕造は言われた通りにするしかなかった。

スカートの裾を持って、持ち上げた。男からはパンツが見えているのだろうな、と思う。男がまた微笑んだ。

今度は、男が近づいてきて、耕造のパンツを太ももまで下げた。えっと思ったけれど、じっとしていた。小さなパンツに押し込んでいたので、股間がびょんと飛び出たのが分かった。

男は下がって、また耕造を眺めた。

耕造は、スカートの裾を持ち上げて立ったまま。女の子用のパンツは太ももまで下がって、股間丸出し。

――なんなんだろうな、これ。素っ裸よりも恥ずかしいな。

目の前の大人たちが考えていることが分からなかった。ほほ笑んでいる男が不気味だった。でも、満足しているように見えたし、痛い思いをしなかったのはよかった。

最後に男がお菓子を一つくれた。いいのかな、と思ったけれど、先生が「貰っておきなさい」というので受け取った。

「みんなには内緒だよ」と言われたので、耕造はその場で食べた。初めて食べたお菓子で、この世のものとは思えないほど美味しかった。


<03>

怖かったので、何人かの友人たちにこのことを話した。お菓子の部分は内緒にして。

すると、同じようなことをした、という子が何人かいた。話を聞いたけれど、やはり意味が分からなかった。

例えば、股間にリボンを付けて写真を撮られた、という子がいた。

意味が分からなかったので詳しく聞くと、素っ裸になって、股間の『竿』の部分に赤色のリボンを巻きつけられたのだという。チョウチョ結びにされて、その姿を写真にとられたらしい。

詳しく聞いたところで、やはり意味が分からなかった。大人たちにはこれが楽しいのだろうか。これが女の子なら分かる。大の大人が小さな女の子を裸にして喜ぶなんて気持ち悪いけど、まぁ分かる。

その友人がまだ口ごもるので聞き出すと、続きがあった。

女の人の裸の写真を見せられたのだという。この場合の女の人というのは、大人の女の人ということだ。胸も大きくて、下の毛も生えていた、と友人は言った。

耕造は、正直羨ましかった。小さな女の子の裸なんて何度も見ていたけれど、大人の人の裸は見たことがなかった。それこそ、母親くらいだ。母親はどうしているだろう、と一瞬考えたけれど、すぐに断ち切った。

そのあと、リボンを外してもらうときに、男の手が股間に触れて、あっと思ったときには床を汚してしまっていたらしい。

お漏らしをしてしまったと思って、先生に叱られるのを覚悟したけれど、なぜか咎められなかった。出してしまったものは、男が丁寧に拭き取ってくれたらしい。

――なんなんだろうな、これ。気味が悪い。

耕造には理解不能だった。


<04>

先生の部屋へ向かう。尻叩きだった嫌だな、と思ったけれど、女の人の写真を見られるんだったいいな、という思いもあった。いろいろやらされるのはちょっと嫌だけど、お菓子をもらえるんならいいかなとも思った。

ふすまを開けると、先生ともう一人男の人がいた。前の人とは違った。上等そうな背広を着て、丸いメガネをかけている。髪型はピッチリ横分けで、鼻の下のひげを伸ばしていた。

横を見ると、加代が立っていた。ワンピースを脱がされ、パンツ一枚で立っている。お尻をさすっているから、既に叩かれた後なのだろう。目には薄っすら涙をためているが、どうにか我慢しているようだ。

ここまでは、それほど珍しいことではなかった。なんで自分が呼ばれたのかな、という疑問はあったけれど。

もう一人、これは本当にびっくりした。珍しい人が立っていた。珍しい格好で立っていた。

耕造や加代が『お寺さん』に来た日に案内をしてくれたお姉さんだ。右も左も分からず不安だった日々を助けてくれたお姉さんだ。いつの間にかいなくなって、もう会えないものだと思っていた。

ただ……。お姉さんは、奇妙な格好をしていた。

――なんでこんな格好してんだろう。

耕造は分からなかった。お姉さんは、服を着ていなかった。それ自体は、この中では珍しいことではない。実際、加代は今パンツ一枚だし、自分も裸にさせられることもある。

お姉さんは、黒いパンツを穿いていた。いや、黒い『パンツのようなもの』を穿いていた。パンツは、股間を隠すためのもの、守るためのもの、というのが耕造の認識だった。

しかし、そのパンツにはその機能が全くなかった。パンツのような形をして、パンツのように穿いているが、肝心の股の部分に縦長の穴が開いている。

したがって、お姉さんのワレメはむき出しになっていた。素っ裸にさせられた女の子は何人も見て来たし、年上の女子のワレメも見てきたけれど、空いた穴から見えるワレメは、そこを強調しているようで余計に目立っていた。

それは、上半身も同じだった。お姉さんは黒いブラジャーのようなものを着けていたけれど、肝心の乳首の部分に穴が開いていて、丸出しになっていた。

上半身も下半身も、下着を着けているというよりは、ベルトを巻きつけているという方が近いように思えた。

そう思ったのは、たぶん首に黒いベルトが巻かれていたからかもしれない。ようするに首輪をつけていた。その首輪には紐がついていて、その紐は男に握られていた。

――何してんだろうな、この人は。

耕造は状況が把握できなかった。

男が紐を引っ張ると、お姉さんの首が引っ張られて、床に倒れた。危ないと思ったけれど、お姉さんは何事もなかったかのように、今度は四つん這いになった。

すると、お姉さんのお尻が見えた。

お尻には、尻尾が生えていた。もちろん作り物だ。耕造は初め、パンツのお尻の部分にくっつけられているものだと思ったけれど、よく見ると違った。

お姉さんのパンツは、股の部分だけでなく、お尻の部分にも穴があけられていた。四つん這いになったお姉さんのお尻の割れ目が丸見えになっている。

そして、尻尾はそのお尻の割れ目の中から生えていた。

もちろん本当に生えている訳がないので、目を凝らしてみると、お尻の穴の中に刺さっているのだと分かった。

――いったい何なんだ、これは。

耕造はますます分からなかった。

「おすわり」と男が言うと、お姉さんはそれに従って上体を起こした。「おて」と言うと右手を上げて、「おかわり」と言うと左手を上げた。

どうやらお姉さんは、犬になりきっているようだった。

さらに男が言った。

「ちんちん」

お姉さんは、背筋を伸ばしてしゃがむと、ひざを左右に広げた。同時に、両手を肩の近くに持ってきて、そこで固定する。

お姉さんのパンツは穴が開いているので、ひざを開くとワレメがパックリと拡げられたのが見えた。ワレメの内側の薄桃色をしたひだのようなものが、耕造の目に飛び込んできた。

――何をやらせてるんだろう、この男は。

耕造の疑問は怒りに変わりつつあったけれど、それは表に出せない。そんなことをしたら、自分も痛めつけられるだろうし、お姉さんや加代がもっとつらい目に合うかも知れない。

それにしても……。

――自分はどうして呼ばれたんだろう。

耕造は分からなかった。なぜここに自分が呼ばれたのか。なぜこんなものを見せられているのか。自分はどうすれば良いのか。

「二人とも出て行きなさい」

先生が言った。二人というのは、自分と加代のことだろうな、と耕造は思う。呼ばれたから来たのに、なにもせずに今度は出て行けと言う。さっぱり意味が分からない。

加代が動けないでいるので、耕造は彼女の手を取って部屋から出た。


<05>

ふすまを閉めると、加代は泣きだした。こらえていたのだろう。大粒の涙が流れている。

自分が来る前に、酷いことをされたのかもしれない。酷いものを見せられたのかもしれない。耕造は色々と想像した。

でも、おそらくこれだろうな、と考えた。

加代は数年後の自分の姿を、お姉さんに見てしまったのではないだろうか。自分もあんな風にされてしまうのではないだろうか、と思ったのだろう。

活発でしっかり者だったお姉さんが、まるで死んだような目をして犬の真似事をしていた。恥ずかしい格好をして、男の言うことに黙って従っていた。

「行こう」

耕造は加代に声をかける。

『行こう』といのは『忘れよう』と同義語だった。ここには覚えていてはいけないことがある。ここでは覚えていては生きていけないことがある。

目の前のことに目をつぶるのも、生きるためだった。


<06>

ふすまの内側では、先生と男の前で、『ちんちん』姿の少女がその姿勢を保っている。蹲踞のようなその姿勢は、そう長持ちするものではない。

ふくらはぎをピクピクと震わせると、広げた太ももがワナワナと動き出す。

「『まて』だぞ」

男が言う。先ほどまでよりも低い声だ。少女は歯を食いしばって、動きをいったん止めた。しかし、すぐにまた動き出した。

動き出した震えはもう止まらない。バランスを崩して手を床につけると、ポトッとお尻の穴から尻尾が抜け落ちた。

自分の失態に気が付いた少女は、床に伏せ、身を固くした。『イタイヤ』というように首を振る。

ご主人様の言い付けを守れなかったメス犬がどんな仕打ちを受けるのか、少女はよく知っていた。

「いま、時間あります?」

「ん? あぁ、少しなら。なにか?」

「いえ、ちょうど目の前に『穴』が二つあるから。どうかな、と思ってね」

男は、屈んだ少女の背中に足を乗せながら言った。

「好きだな、君も」

先生は鼻で笑うと、ネクタイを緩め、ベルトに手をかけた。

「ここじゃあ、『穴』なんて、そこら中に落ちてるさ」

二人の会話の意味を少女は理解している。ふすまの外の二人に、その会話は届いていなかった。

<続>

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