精一杯の雑用係 > 雑用係の証

「1年集合! 昨日のペナ数発表するよ~」

「「「はーいっ! お願いしますっ!」」」

部長の集合の掛け声で、テニスコートの周囲に散らばってボール拾いをしていた1年生部員たちが、一斉にダッシュを始め、部長のもとに駆け寄る。

すぐに二列に整列すると、全員が背筋を伸ばし、指先まで力を入れた手を体の横につけ、お尻にキュッと力を入れ、気をつけの姿勢をとった。

毎日繰り返されるこの光景。入部当初は何回もこの集合・整列・気をつけの練習をさせられてきた。テニスの練習など夢のまた夢。何度も何度もやり直しをさせられた。

集合してはダメを出され、グラウンドをダッシュしてまた集合。まだダメだしを食らい、やり直し。先輩の合格がもらえるまで一日中繰り返し練習させられたこともあった。

緊張した面持ちで部長に視線を送る1年生部員たち。全員が部長の目を見ている。それもそのはずだ。一瞬でも目をそらせば、集中していない、目上の人に対して失礼だ、とビンタが飛んでくるのだ。脂汗を垂らしながら、運命の瞬間を待つ。


“ペナ数”とは、先輩部員から注意を受けた回数のこと。注意とは、口頭のみの場合もあれば、ビンタやゲンコツ、ラケットでのお尻叩きなど、肉体的痛みを伴うものもある。

前日のペナルティを受けた回数によって、その日の待遇が決まるという訳だ。部内での待遇、つまり、1年生部員の中にも上下関係を作ることで、より切磋琢磨する状況を作り出し、より緊張感を保った練習をしようという意図らしい。

しかし、先輩によるその注意も、先輩の気分次第で決まるものなのだから、1年生部員としてはたまったものではない。声が小さい、私語をしていた、気を抜いていた、……。理由なんていくらでも作り出せるのだ。

「相川。三回」 「はいっ! お手数おかけしましたっ!」

部長の口から名前と回数が読み上げられると、返事をし、頭を下げる。

「井口。五回」 「はいっ! お手数おかけしましたっ!」

次の部員の回数が読み上げられる。一人はホッとした表情に、もう一人は顔を青ざめさせる。


次々と名前と回数が発表されていく。その度に救われたと安堵する者、危機感を抱く者が現れる。最後の部員の名前と回数を読み上げると、部長は続ける。

「最高は13回の、田中と山下と宮本。雑用候補の三人はその場で待機、それ以外はボール拾い。以上っ」

「「「はいっ!」」」

屈辱の雑用係を免れた部員が、大きな声で返事をし、それぞれの位置に散らばっていく。その場に残された三人は、お互いに目を合わせ、唾をゴクリと飲み込んだ。

三人とも自然とお尻に力が入るらしい。ブルマに包まれたお尻は汗でムンムンとし、無様なシワを寄せる。

「さてと……」

部長は、生贄とも言える三人を見渡し、充分な間を取ってから言う。

「どうする? 三人揃って雑用係か、それとも、一人に決める?」

「一人に決めます」
「一人に決めます」
「一人に決めます」


三人は緊張からか、声をからしながら、示し合わせたように声を揃えて答える。いや、示し合わせたように、ではなく、実際に示し合わせていたのだ。

これは、1年生部員たちが相談して決めたこと。犠牲になるのは一人で充分。ペナ数が同じ場合は誰か一人が犠牲になる。前もって決めていたことだった。

どうせ、毎日誰かが犠牲になるのだ。一年間で一回も犠牲にならない部員などいない。であるならば、なるべく回数を少なく、一人だけが犠牲になればいい。

「わかった。そうだなぁ、じゃあ、『エースをねらえ!』でも歌って。一番声が出てない人が雑用ね」

「「「はいっ」」」

部長の指示に、三人は返事をする。

「1年、田中。『エースをねらえ!』歌います。お願いしますっ」

右端にいた田中が先陣をきる。一礼してから歌い始めた。校庭に隅にあるテニスコートだけでなく、グラウンド中に響き渡るような大きな声で熱唱する。


「コートではぁ~ 誰でもぉ~ ひとりぃ ひとりきりぃ わたしのぉ 愛も わたしのぉ 苦しみもぉ~」

ずいぶん昔に流行った、スポ根アニメの主題歌だ。普通であれば、彼女たちが知っているはずもないが、この部ではたびたびこの曲が利用されるので、全員歌うことができる。

少々音程が外れても気にせず歌い続ける。大切なのは音程ではなく、声の大きさだ。精一杯の声を振り絞る。

すぐ横のテニスコートでは、他の部員が歌声など気にしない様子で練習に励んでいる。彼女たちにとってはいつものことなのだ。

一方、グラウンドではサッカー部や野球部、陸上部といった男子を含めた大勢の生徒がそれぞれの練習に取り組んでいる。彼らのとってもいつものこととは言え、やはり、テニスコートから聞こえてくる歌声とも叫び声とも言える声は気になるようだ。

「おっ。絶叫テニス部のおでましか」
「本日の犠牲者は……っと」
「ん? おぉ。あれって、宮本じゃないか?」
「おっ。宮本ちゃんか」
「宮本ちゃんのケツたまらんからなぁ」


好き勝手に盛り上がる男子生徒たち。かくして、男子生徒たちの希望通り、本日の犠牲者は宮本となった。

学年で1、2を争う人気者である宮本。ルックスもさることながら、鍛えられた太ももとお尻、そのブルマ姿は男子生徒たちの心をがっちりと掴んでいる。

そして、何よりも、一生懸命部活動に取り組む姿が彼女の魅力を引き立てているようだ。その姿が当人にとって情けなければ、情けないほど……。

「宮本はあいかわらず、声が出てないなぁ」

「は、はい。すみません」

「大きな声で練習を盛り上げるのも1年の仕事でしょ」

「はい。すみません」

部長は宮本の前に立ち小言を言うと、宮本はペコペコと一回一回頭を下げ、応える。その度に、腰を折り突き出したお尻にブルマが食い込んでいく。汗ばんだブルマはお尻に張り付き、自然には戻らない。


「ってことで、今日の雑用係は宮本ね。他の二人はボール拾いに戻って。宮本はマジック持ってきな」

「「「はいっ!」」」

三人は声を合わせて返事をする。本日の屈辱を免れた二人は、宮本と目を合わせると、申し訳無さそうに目で合図しながらも、内心ホッとしている様子だ。宮本は気丈にそれに応える。

解放された二人を見届けると、宮本はすぐにマジックを取りに行き、それを部長に手渡す。

「お願いしますっ」

宮本はそう言うと、雑用係の“証”を刻むべく、その体勢をとった。

部長の正面に立っていた宮本は、回れ右をして部長に背を向ける。そして、両手をお尻に回し、ブルマの裾をつかむと、それを真上に引き上げた。ブルマがお尻の割れ目に食い込み、それまでブルマに包まれていた尻たぶがプルンとむき出しになる。


宮本は、むき出しになった尻たぶの汗を拭うように両手で払うと、その両手を今度はひざに置き、お尻を突き出すように、ひざを曲げながら屈み込む。

手にマジックを持った部長の真ん前に、宮本の尻たぶが備えられた。差し出された、と言ったほうが良いのかも知れない。宮本は、恥ずかしさを我慢し、悔しさに堪えた表情を見せながら、宣言する。

「ざ、雑用係の宮本です。一生懸命つとめますっ」

部長は差し出された尻たぶの、左側に『雑』、右側に『用』、と二文字をマジックで書き入れる。その間、宮本はギュッと目をつむり、マジックが進むのをジッと耐えた。

マジックが自分のお尻から離れると、宮本は回れ右をし、再び部長の正面に立つとお礼を言った。

「ありがとうございました。今日一日、雑用係として精一杯働きますっ」

それを受けて、部長が言う。

「よし。いい覚悟だ。じゃあ、私だけじゃなく、みんなにそう宣言しなさい」

「は、はい」


宮本は、テニスコートの真ん中、審判台の真横の最も目立つ位置に立つと、コートに向かって大声を張り上げて宣言した。

「本日、雑用係をつとめさせていただく宮本です。一生懸命頑張りますので、何でもお申し付けください。よろしくお願いしますっ!」

宮本は一礼し、頭を上げると、回れ右をし、今度はコートに背中を向けて言う。

「これが雑用係の目印です。このお尻に何なりとお申し付けください。失礼がありましたら、このお尻に躾をお願いします」

言いながら宮本はひざを折り、お尻を突き出し、『雑』『用』と書かれた尻たぶを部員たちに差し出す。今日の練習が終わる頃には、先輩たちの躾により、この二文字が読めなくなるほど、宮本のお尻は真っ赤に腫れていることだろう。

バシッ!

差し出したお尻にさっそく躾が飛んでくる。宮本のすぐ隣にいる部長のラケットだ。


「心がこもってない。そんな棒読みセリフみたいな言い方でみんなに気持ちが伝わるの? あんたは、最下層の人間なの。この部にいなくても構わない、いる必要もない、最もいらない人間。分かってる?

ここにいたいのなら、せめて雑用係として完璧な仕事をこなしなさい。そして先輩たちから認められること。自分の存在価値を示しなさい。さぁ」

「は、はい。すみません。もう一度……、お時間いただきます。ざ、雑用係の宮本です。至らない点があるかもしれませんが、一生懸命、何でもやりますので、ご指導お願いいたしますっ」

宮本は、テニスコートのみならず、グラウンド全体に響き渡るような大きな声で、そう宣言した。

毎日誰かが雑用係になるわけで、宮本自身これが初めてではない。しかし、何度やっても慣れるというものでもない。屈辱感に耐えながら、宮本は雑用係の証が刻まれた自らのお尻をテニスコートに向けて突き出した。


「先輩ぃ、ファイトでぇーす」
「ナイスボールでぇーす」

練習開始から30分ほど経った頃。最も目立つ審判台のそばで声をからしながら練習を盛り上げ続ける宮本の隣に、部長が近づいてきた。

宮本は、ブルマが食い込んだままのむき出しになった尻たぶに、ギュッと力を入れる。ラケットでの躾を警戒したのだろう。

この30分で宮本自身、五回の躾を受けていたし、他の1年生部員も、何度か注意を受けていた。これらが明日の雑用係へ繋がっているのだ。

しかしこの時、お尻に痛みが走ることはなかった。

「1年たるんでるなぁ……」

部長は宮本にだけ聞こえるような小さな声でつぶやく。その言葉だけで宮本は青ざめ、部長の顔をうかがうと、あわてて声出しに戻る。

「1年生のみなさんもファイトでぇーす」
「もっと声出していきましょ~っ」


宮本のとっさの声かけもむなしく、部長の声がテニスコートに響いた。

「1年、集合っ!」

「「「はーいっ!」」」

部長の掛け声がかかると、すぐに返事をし、二列に整列する1年生部員。宮本もその列に加わる。しかし……。

「宮本はイスだろうが! 1年ぶってんじゃねぇよ、この雑用が!」

部長が怒鳴る。宮本は慌てて列から外れ、部長の足元でひざをついて四つん這いになる。雑用係は1年生ですらない。人ですらない。イス扱いだということだろうか。

四つん這いになった宮本は、背中をまっすぐにし、部長の体重を受け止める準備に入る。しかし、宮本を襲ったのは、背中への重みではなく、『雑』『用』と書かれ、むき出しになったままのお尻へのラケットのスイングだった。

「尻は、こっち向き!」


部長は言う。整列する1年生と対面するように四つん這いになった宮本へ注意が入る。宮本としては、少しでも恥ずかしさを和らげるために、お尻が見えないように、頭の側を1年生に向け四つん這いになっていたのだ。

雑用係の証であるお尻を1年生に向けるように、という注意である。

宮本はすぐに、体勢を整え直すと、その背中の上に容赦なく部長が座る。部長の体重で、ひざが地面にのめり込むのを感じる。

「ダラダラしてんじゃないよ、1年」

「「「はいっ! すみませんっ!」」」

部長のお説教が始まった。

部長は、四つん這いの宮本の背中の上に座ったまま、音頭を取るように宮本のお尻を叩き、話を続ける。宮本のお尻が叩かれる度に、他の1年生の、すみません、という言葉がテニスコートにこだまする。


お説教の終わりに部長が言う。

「あんたたち1年は、今のままじゃあ、邪魔なだけ。ボール拾いはキビキビと、声出しはハキハキと、それくらいのこともできないの?」

パシンッ

再び宮本のお尻が犠牲になる。部長も熱くなってきているのか、叩かれるたびに威力が増しているようだ。その度に宮本は顔をしかめ、お尻に力を入れ、懸命に耐えている。

「こんなんじゃ、全員雑用だよ。またあの時みたいに、全員で雑用係やりたいのか?」

話を聞く1年生部員たちの顔が引きつる。四つん這いの宮本も、唾をゴクリと飲んだ。もうあんな思いはしたくない……。部長が言った“あの時”については後述することにしよう。

「それが嫌なら、今から気持ち入れ直すこと! いいね?」

「「「はいっ!」」」

1年生部員たちは、今まで以上の大声で返事をした。


「よーし。2、3年は10分休憩!」

練習開始から一時間半ほど経った頃、緊張感の中で続いた練習が一旦途切れる。コートで練習していた2、3年生が日陰に下がり、水分補給やマッサージをし、それぞれの休憩に入る。

のんびりする先輩たちを横目に、1年生部員たちは猛然とコートに落ちたボールを拾い集める。そして、ラケットを手にするとラリー練習を始めた。

普段、ボール拾いや筋トレ、走り込み、素振りなどの練習しかさせてもらえない1年生部員にとっては、この短い休憩時間が唯一ボールを使える練習時間なのである。

「みなさん、ファイトでぇーすっ」

その輪にも入ることができない雑用係の宮本。一人、コート脇で声出しを続ける。雑用係が練習に参加できる訳もないのである。

「雑用! 水足りないよ。タオルも乾いちゃってるよ。やり直し!」

休憩に入っていた先輩の怒鳴り声で、慌ててドリンクとタオルを準備し直す宮本。宮本が先輩にドリンクを渡すと、返ってくるのはお礼の言葉などではなく、お尻への躾である。また一つ明日の雑用係が近づいてしまった。

inserted by FC2 system