最高学年のランドセル > 暗闇の不安

朝6時。

急いで校門をくぐると、すでに何人かのお友だちが集まって、朝掃除の準備を始めていました。

「おはよぅー」

「おはぁ~」

「あぁーあー。ごめんね。うちらのせいで、こんなことになっちゃって……」

「うぅうん。大丈夫だょ~。さぁ。はやく、先生のところに行ってきな。遅れると、またうるさいよ」

「うん。そうだね。行ってくる」

私はそう言いながら、自分のお尻を二、三度さすりました。これから職員室に行って、先生にお尻を赤くしてもらわなきゃいけない。

6年生用の下駄箱の隅にランドセルを置くと、洋服を脱いで体操服になります。体操服の上着の裾をブルマの中にきちんとしまって、はみパンしていないのを確認すると、職員室まで急ぎました。

まぁ、これからされることを思えば、はみパンくらいどうってことないんだけどね。


これは、いまから何十年も前の話。先生の言うことが絶対で、児童の人権なんてこれっぽっちも考えられていなかった時代の話。

今では問題になるような指導法がまかり通っていた時代。先生に怒鳴られ、叩かれたと親に報告すれば、叩かれるようなことをする方が悪い、と言われ、さらに叱られる、そんな時代の話。

主人公は、小学6年生の伊藤順子(仮名)さん。登場人物は、クラスメイトの児童たちとその担任・竹口教諭(女性)。

さて、なぜ児童たちは朝掃除をしているのか。なぜ、順子さんのお尻が赤くならなければいけないのか。その訳は……。


全校集会が終わって体育館から戻ってくると、竹口先生が黒板の横に掛かっている“クラス棒”を手に取りました。

それに気がついた私たちは、それだけで緊張し、背筋がピンと伸びます。キョロキョロと周りを見渡す人、ジッと先生の方を見ている人、うつむいている人、……。犠牲者は誰なのか、誰のお尻が赤くなるのか……。

“クラス棒”というのは、1年生から6年生までのすべての教室の黒板横に保管されている指導用の棒のことです。うちの学校で“指導”と言えば、それはお尻叩きのことを指しています。

新学年になってクラス分けが発表されると、まず、このクラス棒にクラス全員が名前を書き込みます。一種の儀式のようなもので、クラス棒に名前を書き込むことで、クラスの一員となり、悪いことをしたときはこの棒で叩かれることを了承した証、ということになるのです。


もちろん拒否することなんてできないわけで、意味のある儀式ではありません。とにかく毎年行われている慣習のようなものです。

ほとんどのクラスでは、年に数回、悪いことをした男子が見せしめ的に叩かれる程度で、本気でクラス棒を活用している先生などいませんでした。

私もこれまでの五年間で、叩かれたことはありませんし、見たのと言えば、お尻ペンペンしちゃうぞー、なんて言って冗談半分で叩かれている男子がいた程度でした。

しかし、6年生の担任になった竹口先生は違いました。

忘れ物や授業中の私語、テストの点数、……。さまざまな理由をつけては、クラス棒でお尻叩きをしてくるのです。男子も女子も関係なく……。時間も場所も関係なく……。


この日は、全校集会での態度について、先生のお説教が始まりました。

手にしたクラス棒を振り回し、机の間を歩き回りながら、お話を続けています。やれ最高学年としてどうだとか、やれ校長先生が話しているのにどうだとか……。

まだ、犠牲者の名前は発表されていません。みんな自分ではないかと怯えています。自分の集会中の態度を思い起こしています。自分に落ち度はなかったか、叱られるような態度ではなかったか……。

そういう意味では、先生のやり方は間違っていないのかもしれません。

私たちの緊張感が高まったそのとき、バシンッと黒板を叩く音が教室に響きました。先生がクラス棒で黒板を叩いたのです。みんなの背筋がピンと伸びます。もちろん私の背筋も……。

自然とお尻に力が入り、唾をゴクンと飲み込みました。


「全員起立。女子は窓側、男子は廊下側に並びなさい」

先生が言います。いつもならここで犠牲者の名前が呼ばれるはず。全員……。今回は全員が犠牲者……?

このタイミングで反抗するとどうなるか、全員が知っています。状況が悪くなるだけです。誰かが立ち上がったのを合図に、次々と立ち上がっていき、男女それぞれが、廊下側と窓側に整列しました。

先生曰く、集会中の態度が悪かった人がいた、注意しなかった周りの人も悪い。よって、連帯責任とのこと。

バンッ。今度は先生がクラス棒で教卓を叩きました。大きな音がこだまし、クラス棒の威力を見せ付けられます。これから、その棒でお尻を叩かれるのです。

「全員、壁に手をつく。お尻を突き出すように中腰。目をつむって、次の指示を待ちなさい」

先生に言われ、その指示に従います。


目をつむる、という指示で罰の重さを悟ります。普通のお尻叩きであれば、目をつむる必要はありません。男女で分けて、目をつむらなければいけない理由があるのです。

「全員、目を閉じましたか? では、その姿勢のまま、男子はズボンを、女子はブルマを下ろしなさい」

やっぱり……。

ちなみに、うちの学校では、登校すると体操服に着替える決まりなので、体育の時間に限らず、ほかの授業や休み時間、給食の時間や集会のときも体操服のまま一日中過ごすことになっています。

目を閉じると、当然そこは真っ暗。となりにいるはずのお友だちの存在も消えてしまいます。心細い。不安でいっぱい。


ゴソゴソという音がしだしました。みんなブルマを下ろし始めているみたいです。となりの人のひじが当たり、動いているのが分かります。

私も、ブルマに手をかけて、少しだけそれを下ろしました。みんな無言で行動しています。それもそのはずです。いま私語をすれば、どんな罰を受けるか、たまったもんじゃありません。

私はさらに手を下げて、ブルマをお尻の半分くらいまで下げます。みんな目をつむっているとはいえ、恥ずかしさがこみ上げます。

ふと気がつくと、周りが静かになっていました。動く雰囲気を感じません。もう、みんなブルマを下げて、元の姿勢に戻ったのかもしれません。私だけ遅れているのかも……。

急いでブルマを下げようと思った瞬間、ひとつの可能性が頭をよぎります。

本当にみんな、ブルマを下げたのかな……。私だけ遅れているのではなく、自分だけはやまっているのかも……。自分ひとりだけパンツ丸出しなんて恥ずかしい……。みんなパンツになってるの?


私は不安になって、少しだけ、ほんの少しだけ目を開けました。

左右に並んでいる女子たちの下半身は見えませんでしたが、みんな窓のサッシに手をついて、お尻叩きの姿勢になっているようでした。

目を閉じようとしたとき、あることに気がつきます。目の前の窓に、廊下側に並ぶ男子たちが反射して映っていたのです。

廊下側の壁際に並ぶ男子たちは、全員中腰で、そのお尻にズボンはありません。白のブリーフを丸出しにして、お尻を突き出していました。

それを確認すると、私は目をギュッとつむって、途中まで下ろしていたブルマを一気にひざ辺りまでずり下げます。緊張からか汗ばんで、パンツがお尻の割れ目に食い込んでいたので、サッと直して、急いで窓のサッシに両手を戻しました。

中腰になってお尻を突き出すと、足の付け根の辺りにスッと風を感じます。


「さて、はじめます」

先生が言います。私は心臓がドキッとするのを感じました。もしかしたら、私のことを待っていたのかもしれません。私が元の姿勢に戻ると、タイミングよく先生が言葉を発したからです。

体がボワッと熱くなり、嫌な汗が流れます。こんなときに目をつけられては堪りません。全体の中の一人として、目立たないようにするのが得策です。

バンッ。先生がまた、多分教卓を叩いたようです。音の違いで分かります。

「一人五回。全員が終わるまで、そのままの姿勢。手を動かしたり、お尻を触ったりしたら、やり直しです。いいですね?」

「「「……」」」

「いいですね?」

「「「はい」」」

返事をしない私たちに、先生が大きな声で問い直すので、慌てて答えます。はい、と言う以外にないのですが……。


クラス棒でのお尻叩きは、男子の方から始まったようです。後ろの方から、パシッ、パシッ、という鋭い音が聞こえ、男子のウッという声も聞こえてきます。

「動くな」「やり直し」「痛いのは当たり前」「追加されたいのか」

目をつむっているので、状況は分かりません。でも、聞こえてくる音でだいたいの察しはつきます。

「よし」

先生の声が聞こえ、コツコツと先生が歩く靴の音が鳴ります。男子側から女子側に移動しているのでしょう。

「はい、女子。姿勢!」

先生が言うので、私は腰をさらに落として、お尻を突き出し直します。


パシッ、パシッ、という音が再び聞こえだし、徐々に自分に近づいてくる気配を感じます。

クッ、という歯を食いしばる声が、すぐとなりから聞こえました。森本さんです。すすり泣く声も聞こえます。森本さんは、先月転入してきたばかりで、お尻叩きを受けるのは今回が初めてのはずです。

「やり直し!」

先生が声がすぐ後ろから聞こえ、思わず体をビクンとさせてしまいました。

目をつむっているのでよく分かりませんが、森本さんはすでに五回お尻叩きを受けたはずです。最後の一回で、なにかの粗相をしてしまったのかもしれません。

さらに、五発分の音が聞こえると、とうとう私の順番がきてしまいました。


先生が手で私の背中を押します。押された私は、背中を反らすようにさらにお尻を突き出しました。

クラス棒がお尻に触れたので、私はお尻にキュッと力を入れます。窓のサッシをつかむ手にもギュッと力を入れました。閉じていた目をさらにグッと閉じ、耐える体勢に入ります。

クラス棒がお尻から離れると、すぐにパシンッという音とともに、お尻に激痛が走ります。痛がる間もなく、さらに四発のクラス棒が襲ってきました。

つい反射的にお尻に手をまわしそうになるのを、すんでのところで我慢しました。少しだけ窓のサッシから手を離してしまいましたが、先生はすでにとなりに移動しているようです。

私は追加罰にならずにホッとしました。あとは、時間が過ぎるのを待つだけです。はやくブルマを穿いて、お尻をさすりたいです。


しばらくすると全員のお尻叩きが終わったのか、先生が教室の前へ移動するのが足音で分かりました。あと少しの我慢です。

「まだ、目を閉じたままー」

先生が言います。

「これで全員への指導を終わります。ただし……」

言葉を切って、一呼吸置いてから続けます。

「ただし、今から言う五人は、引き続き指導がありますので、その姿勢のまま待機。それ以外の人は、ズボン、ブルマを穿いて席に戻ること。無駄話いらないよ、私語禁止。黙って行動。いいね」

「「「はい」」」


「高橋、田中、佐藤。それから……」

男子の三人です。

「それから、森本、伊藤。以上五人はそのまま動かない。目も閉じたまま。あとの人は、すぐ席に着く。はいっ!」

えっ……。私も……。私と森本さん……。

先生の合図でみんなが動き出します。みんなが移動し動いた空気を、太ももとお尻に感じます。少し手をずらすと、となりにいる森本さんの手に触れました。震えているのが分かりました。

……。

みんなが席に着いたのか、周りが静かになります。


私を含めた五人だけがパンツ丸出しの状況。しかも、ほかのみんなは目を開けているのです。全員が目をつむっていた先ほどまでとは、状況が違います。

そう思うと、さらに恥ずかしさがこみ上げてきます。みんなにパンツを見られている。恥ずかしい……。なんで、私が……。

バンッ。先生が教卓をクラス棒で叩くと、指示を出しました。

「約束を守れない五人は、目を開けて、前に来なさい」

先生が言います。

約束を破ったつもりはありません。でも、五人というのは私たちのはずです。私は目を開けて、教室の前、黒板の前まで歩きます。途中、みんなの視線が私たちに向いているのを感じました。そういう私の目も、前を歩く森本さんのパンツをとらえています。

自分も同じ格好をしていると思うと……。体操服の裾を限界まで延ばして、なるべくパンツを隠します。無駄な抵抗だと分かっていても、そうするしかありません。


黒板の前まで進むと、男子の三人、森本さんと私の女子二人、合計五人がパンツ丸出しで並ばせられます。

「みなさん、いいですかー」

先生が席に着くみんなの方を向いて言います。

「ここの五人は、目をつむりなさい、という指示を守れなかった五人です。つまり、みんながズボンやブルマを下ろして、下着を出していたときに、目を開けた五人です。この五人は、こっそり目を開けて、みんなの下着姿を見たのです」

そんな……。確かに私は、目を開けたけど……。少しだけ……。下着を見るとか、そんなんじゃないのに……。

「五人は約束を破ってみんなの下着を見たのですから、今度は、みんなに下着を見てもらいなさい」

先生が言います。

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