なりたい自分になろう > コマネチ の巻

(本当の私は、こんなんじゃない……。はず……)

優等生。これが私に貼られたレッテルでした。

試験の成績がそれなりに良くて、先生の言うことを素直に聞く。物静かで、読書好き。生徒会役員での役職は書記。おまけにメガネ。

でも、これは本当の自分じゃない。


私の理想の人は、春奈さん。同じクラスのお調子者。先生には毎日のように叱られてるし、ちょっといい加減なところがある人だけど、いつもニコニコしていてクラスの人気者。

話も面白くて、いつも彼女の周りには人が集まっている。私は、それを遠くから見ているだけ。春奈さんを中心とした会話を盗み聞きしているだけ。

本当はあの輪の中に入りたいけど、そんな勇気はない。あの輪の中心になってみたい。

(今度、春奈さんが一人のときに、話しかけてみようかな……)

みんながいるところでは声をかけられない。でも、二人だけのときなら……。まだ、一度もお話したことはない。もしかしたら、春奈さんは私のことなんて知らないかも……。


ある日の放課後。

私が先生に頼まれたプリントを教室で準備していると、春奈さんが入ってきました。忘れ物を取りに来たらしい。

ずっとうかがってきた機会。私は勇気を出して話しかけてみました。

「あ、あの……。は、春奈さん……」

「ん? なに? 静香」

(わぁ……。私の名前、知っていてくれたんだ……。しかも、いきなり下の名前を呼び捨て。お友だちみたい!)

「あっ。いやっ。うん。その……。私ね。その……。春奈さんに憧れてるんです!」

思い切って言ってみました。恥ずかしくて、体が熱くなっているのが自分でも分かります。


「え? なに言ってるの? いやだー、やめてよ。おちょくってるの? うちが静香に憧れるんなら分かるけど、なんで静香がうちなんかに憧れるのさ? はははっ。おかしな人」

「いや……。ごめんなさい……。でも、本当なんです。私……」

「え? もしかして、告白? いまの。ダメよ。うち、そういう気ないから。付き合ってる彼もいるし」

「いえ。そういうことじゃないんです。なんていうか……。私……。マジメっぽく思われてるかもしれないですけど、全然そうじゃないし、本当は……、春奈さんみたいに、たくさんしゃべって、みんなとお友だちになって……」

「はははっ。なにそれ? うちがマジメじゃなくて、おしゃべりみたいじゃい。まあ、実際そうだけど」

「いえ。そういう意味じゃ……。ごめんなさい」


「で? なにが言いたいの?」

「えっと……。なんだろう……。もっと、その……。明るくなって、みんなと楽しくおしゃべりがしたいなって思って……」

「すればいいんじゃないの。休み時間とか。うちらの輪に入ってきなよ。グイグイ行かないと、そこは。待ってたんじゃ、みんなだって声かけづらいよ。そういうのはね、早いうちにデビューしとかないと。時間が経つごとに入りづらくなっちゃうよ」

「うん……」

「あっ! そうだ。静香って部活入ってたっけ?」

「いえ。帰宅部。お稽古とかあるし……」

「お稽古? 塾とかじゃなくて?」

「塾もあるけど、お茶とか、お花とか……」


「へぇ……。なんか凄い。お茶とお花やってる人が同じクラスにいたとは。うちだったらそれをネタに話ができるな。多分、ほかのみんなも知らない世界だから。その話題なら、話の中心になれるし」

「別に、中心じゃなくても……。端っこにちょっといるだけでもいいんです……」

「ダメダメ。そんなんじゃ。自分を中心に世界が回ってる、くらいに考えないと。グイグイ行かないとね」

「うん……」

「そうそう。それでね。うちの部活来てみる? 静香がカラを破りたいって言うなら、ちょうどいいかもよ」

(春奈さんの部活って……)

私が迷っていると、春奈さんが私の腕を取ります。そして、そのまま廊下に出てしまいました。


「思い立ったが、吉日。静香の入部決定!」

(えっ? これが、グイグイってやつ……?)

「あ、あの……。春奈さん……」

「ん? 嫌なの? じゃあ、もう静香とは話さない。うちらの輪に入ってこようとしても、助け舟出さないよ」

「え……。そんな……」

「じゃあ、入部する?」

「それは……」

「まあ、いいじゃん。正式じゃなくても、とりあえず、体験入部ってことで。もしかしたら、体験だけで一皮剥けちゃうかもよ」


春奈さんは、イタズラっぽい目つきで笑いながら言っています。しかし、私にとっては深刻なことでした。

春奈さんのが入っている部活というのは演劇部。ここ最近は、演劇というよりはお笑いサークルのような活動をしていて、文化祭では漫才やコントを披露しては、笑いをとっていました。

いくつかのオーディションにも参加しているらしく、まだテレビには出ていないまでも、小さな劇場のお笑いライブでネタを披露した人もいるらしいのです。

(私にできるかな……)

「覚悟はいい? って、そんな深刻になることじゃないよ。みんなで楽しくワイワイやるだけだから」

「うん……」

(みんなで楽しくワイワイか……。それが苦手なんだよね……。でも、それができたら楽しいだろうな……。頑張ってみようかな……)


演劇部と称したお笑いサークルが活動する教室に入ると、ちょうど2年生部員のネタを、3年生部員が審査しているところでした。

(うゎ……。厳しそう……。みんなで楽しくワイワイ、って感じじゃない……)

3年生による、2年生に対する容赦ないダメ出しが続いています。

春奈さんが小声で話しかけてきました。

「ビックリした? まあ、これはネタ見せだからね。ダメ出しも厳しくなるわけ。お笑いって言っても、適当にふざけるんじゃなくて、真面目にふざける訳だからね」

「うん……」

「特に今ダメだし受けてる2年生のあの先輩は、3年生にかわいがられてるからね。かわいがられるってことは、当然ダメ出しや要求が厳しくなるわけ。期待されてるってことなんだけどね」

「うん……」


「あの2年生は花子先輩だから。覚えておくといいよ」

「え? 花子?」

「そう、花子。ああ、もちろん芸名だよ。なんかほら、いじられキャラっぽいでしょ。花子って。静香も入部するんだったら、芸名もらった方がいいかもね。お笑い芸人で静香じゃあ、ちょっとね」

長いダメ出しが終わったところで、部長が声をかけてくれました。

「春奈! 誰それ?」

「あっ! はいっ! 入部希望者の静香です。オーディションお願いしますっ!」

春奈さんが言います。

(えっ? 入部希望? オーディション?)


「おお! そうか! じゃあ、それは大歓迎! じゃあ、さっそく始めよう。そうだねー。まずは自己紹介。どうぞ!」

話がどんどん進んでいきます。否定するタイミングを失ってしまいました。

「えっ! あ、あの……。名前は……」

「ダメダメ。そんなんじゃ。あのー、なんて言ってたら、テンポが悪くなるよ。名前は静香でしょ。もう、名前はいいから、一発ギャグかなんかやってよ」

「えっ……。一発ギャグ……」

「なに? すぐできないの? そんなんじゃ、もう振ってくれないよ。最初のチャンスをつかまないと」

「でも……。私、ギャグなんて……」


「ちょっと、春奈! どうなってんの? あんたが連れてきたんでしょ」

「はいっ! すみません!」

春奈さんが部長に頭を下げています。頭を上げると私に小声で言いました。

「静香。なんかやって、お願い。なんでもいいから。とにかく、体動かして、声出せばいいから」

(そんな……。でも、春奈さんのためなら……。やらないと、春奈さんの立場が……。でも……)

「ほら。コマネチでいいよ。知ってるでしょ。コマネチ」

春奈さんがまた小声で言います。

(コマネチって……。知ってるけど……。恥ずかしいよ……)


私は恥ずかしいのを我慢して、やってみました。

「コ、コマネチ……」

お股のところに手をVの字にあてがって、テレビで見たことのあるポーズを取ってみます。

「はぁ? なにそれ? だれも笑ってないよ」

部長が冷たく言います。でも、その通りでした。だれも笑っていません。それどころか、シンと静まり、空気が重くなっているように感じます。

「す、すみません……」

「いや。謝るんじゃなくて、笑わせてほしいの。あのさー。そんな制服のままコマネチとか言われても盛り上がんないの。あんた、いまブルマ穿いてんでしょ。だったら、スカート脱いでブルマでコマネチとかやってみなよ」

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