嗚呼 青春のトロンボーン > 3年生部員 依子の場合 p.02
「3年の出来が悪すぎる。1年でもできてることが、お前ら3年ができてない。演奏の練習ばっかりで、マーチングサボってるからこうなるんだよ」
「すみません」
依子部長が代表して頭を下げる。それを見つめる3年生部員と壁際の1、2年生部員。
「3年だけ、前進と後進、100往復! 1年はカウントしてやんな」
1、2年生が見つめる中、3年生だけの見せしめのような練習が始まる。九人のコーチは、3年生の周りを固めるような位置につき、一つのミスも見逃さないような、厳しい目つきで3年生部員を監視する。
「ほらほら、ほらほら。足が乱れてきたぞー。視線も下がってるやつがいるぞー。動きを合わせるのは基本だろ!」
列が止まっては、九本のバチが3年生部員のブルマのお尻に振り下ろされる。
100本を終えると、コーチはまた3年生部員だけを集め、話を始める。その話の途中で、怒鳴り声が響いた。
「依子! お前は私が話してるときに、どこに手をやった? ええ? 今なにしたんだ? 言ってみろ!」
「えっ……。あの……。お尻に……」
「なんで今、お尻を触る必要がある? 話を聞くときは、気をつけ。当たり前だろ! なんで、お尻に手をやった?」
「あの……。ブルマがその……。食い込んで……。下着が……」
「あのさー、依子。お前は演奏の途中でハミパン直すのか? 演奏の途中で食い込み直すのか? お前のハミパンのために演奏を止めるのか?」
「いえ……」
「ハミパンが気になるんだったら、最初から下着なんて穿くんじゃないよ。
はいっ、決まり。全員パンツ没収。合宿中はブルマ直穿き。今すぐパンツ脱いじゃいなさい。そうすれば、絶対にハミパンしないよ。はいっ、全員直穿き!」
最後は体育館全体に響く大きな声で宣言するコーチ。
戸惑いながら、誰も動き出せずにいると、コーチの手が依子部長の頬っぺたに飛んだ。乾いた音が体育館に響くと、3年生の何人かがブルマに手をかけて、脱ぎ始めた。
それを合図に、壁際で唖然としていた1、2年生部員もブルマに手をかけ、それを下ろしていく。200人以上の部員が、次々にブルマを下ろし、すぐにパンツを脱ぎ去り、一瞬でブルマを穿き直す。
体操服のすそをブルマにきっちりとしまい、そのブルマは限界まで上に引っ張り上げる。
一見、ほんの数秒前とまったく同じに見えるが、全員がブルマ直穿きに変わっていた。
脱いだパンツは、体育館の舞台上に山積みに置かれ、200枚以上の脱ぎたてのパンツの山は、部員たちにあらためて直穿きを認識させるに充分だった。
「依子! こんなことになったのは、お前の行動と言動が原因だからね。ほかの誰でもないよ。部長であるお前の責任」
「はい……。すみません……」
「さあ、じゃあ、全員で昼まで歩きの確認。もう一回! この基本が大事だからね。これができていれば、あとは移動の順番覚えるだけだから。つらくて、つまらない練習かもしれないけど、基礎が大切だよ。集中していこう!」
「はいっ!」
昼食の頃には、すでに足はパンパン、何度も叩かれたお尻はヒリヒリとしていたが、まだ半日が終わっただけだった。
午後からは外練習だ。合宿所の前の海岸に整列する200人以上の部員たち。その手には麻袋が握られている。
「よーし。じゃあ、その袋に一杯になるまで砂詰めて。詰めたら海につけて濡らす。はいっ、作業はじめ! ダラダラしないよー」
それほど大きくはない麻袋であるが、ここに海岸の砂をぎゅうぎゅうに詰め込んで水分を含ませると、10kgほどの重さになる。
楽器を持たない部員たちにとって、これが楽器代わりになるのだ。この砂の詰まった麻袋を持って練習することで、筋力強化を図るのが目的だ。
もちろん実際の楽器は10kgもない。しかし、10kgを持ち続けて練習していれば、本物の楽器を持ったときに軽く感じる。10分の演奏なら、20分の体力をつけろというのと同じ理屈だ。
麻袋の準備を終えると、再び海岸に整列する200人以上の部員。
「よーし。じゃあ、午前中の練習の確認。前進、後進、左右ステップ。順番にやってみろ!」
コーチに言われ、依子部長の合図で歩き始める部員たち。
午前中とは違い、10kgの麻袋を口元の付近まで持ち上げ、トランペットやトロンボーンを吹くときのような姿勢になる。すぐに、うでがだるくなってくるが、コーチたちの視線に気がつき、懸命に頑張る。
午前中との違いはそれだけではない。足元が砂浜であるために、思うように足を進められないのだ。一歩一歩が砂浜にのめり込むように入っていき、徐々に太ももに負担がかかる。
「ほら、うで下がってるぞー。足もバラバラ。午前中なに練習したんだっけ? ブレスも注意だよ! 口元で息しない。しっかり腹式意識して!」
九人のコーチたちが持つバチの束の棒は容赦なく部員たちのお尻を襲う。
午前中の依子部長の失態で、ブルマ直穿きになった部員たちは、今まで以上にバチの痛みを感じていた。
特に、砂浜に足を取られて転倒する部員には、厳しいバチが飛んだ。
「そんなとこで倒れてどうする? それが本番だったら台無しだぞ! お前のせいですべてが台無しだぞ! 楽器も壊れるぞ!」
倒れこんだ部員のお尻にバチが打ちつけられる。
砂浜に尻もちをつき、砂でブルマが汚れる。パンツを穿いていないブルマの中に、砂が入ってくるのを感じていた。
海岸での外練習では、筋力トレーニングも行われた。
マーチングでは、歩くための下半身強化はもとより、楽器を持つうでの筋力、演奏するための腹筋、よい姿勢を保つための背筋、と運動部の部員のように筋力強化をする必要がある。
もちろん、日頃の練習でもやっていることであるが、ここでも砂浜であることが部員たちを苦しめた。スクワットをすれば足の裏が埋もれていき、腕立て伏せをすれば手のひらが埋もれていく。
「つらいのは分ってるよー。でも、これを乗り越えれば、いい演奏ができるようになるから。気合い入れて乗り切ろう!」
「はいっ!」
「依子! お前、今、口元で息してたぞ! 演奏を意識したブレスを心がけろ。適当なことやるんじゃないぞ」
そう言うとコーチは、依子部長の首根っこをつかみ、海面ギリギリの所まで引きずるように移動させると、フラフラになった依子部長の体を、海の中に放り投げる。依子部長はずぶ濡れになった。
「そういう適当なブレスするやつは、息しなくていい!」
コーチは海の中で倒れる依子部長の後頭部をつかみ、顔を海の中に沈める。依子部長は手をバタつかせ限界をアピール。ギリギリのところでコーチが手を離し、なんとか水面から顔を上げる依子部長。
息を大きく吸ったのもつかの間、また水の中に顔を押さえつけられる。
「また適当に息したぞ! ブレスだ! 腹式だ!」
溺れたように暴れる依子部長の後頭部を持ち、頭を上げたり下げたりさせるコーチ。もはや練習の域を超えている。しかし、見せしめとしての効果は充分すぎるほどだった。
砂浜で筋トレに励むほかの部員は、海の中で苦しむ依子部長を見て、自分はそうならないようにと、必死になって自分を限界まで追い込んでいった。
夕方になると再び体育館へ移動。
海風で肌がべとつき、体じゅう砂だらけだが、もちろん、シャワーを浴びる時間などない。
「はいっ。じゃあ、ここから、本番の隊形移動の練習始めるよー。歩き方は、さっきの通りだからね。基本は常に忘れないように」
「はいっ!」
九人のコーチは、体育館の四隅に一人ずつ、四辺の中央に一人ずつ、舞台上に一人が立ち、200人以上いるすべての部員に目が届くような位置につく。
「動きはだいたい分ってるわね。とりあえず通してやってみて」
そう言うと、コーチは音楽を流す。整列する部員たちは、10kgの麻袋を持ち上げ、移動の準備に入る。この練習でも麻袋を持ち上げ続けなければならないのだ。もちろん、ブレスにも厳しいチェックが入る。
練習は徐々に細部にわたっていく。
「前後左右よく見て! ズレてるのいるぞ!」
「目線は上げる! 背筋は伸ばす!」
「足が揃ってない! よく音聞いて、タイミングつかめ!」
「ほら、うでを下げるな!」
「ブレス、もっと意識して! 楽しようとするな!」
次々にゲキが飛び交い、そのたびに、コーチの持つバチの束の棒がブルマ一枚のお尻を襲う。