嗚呼 青春のトロンボーン > 1年生部員 保奈の場合 p.02

周りを見ると、すそをしまわずに、ブルマを思いっきり隠している人もいたので、自分もそうすればよかったと、ちょっと後悔するがもう遅い。最後にハミパンをチェックしたところで、規定の三分になってしまった。

「はいっ、ストップ! さすがに全員着替えたみたいだね。もう、ビンタは嫌か」

依子部長は、ちょっと意地悪そうな口調で言う。

「えっとねー。だらしないやつがいるなー。まったく。体操服のすそはブルマの中にきちんとしまう。体育のときに言われなかった?」

そう言うと、部長は音楽室のドアを開け、中にいる部員に声をかける。出てきたのは、結衣という名の2年生部員だ。

ジャージ姿の結衣に対し、依子部長は言った。

「結衣さー。悪いんだけど、1年の身だしなみがなってないから、見本みせてやって」


言われた結衣は、戸惑う様子も見せず、はいっ、と大声で返事をし、あっという間にジャージを脱いだ。

(わぁ。結衣先輩、部長に絶対服従って感じだなぁ。やっぱり、部長って怖い人なのかなぁ……)

半袖体操服、ブルマ姿になった結衣は、1年生部員と同じに見えたが、ここからが違った。

結衣は体操服のすそをブルマの中に完璧にしまう。完璧に、というのは、体操服のたるみが一切ないくらい、大袈裟に言うと、胸の膨らみを強調するくらい、ピッチリとしまったのだ。

さらに、1年生部員が驚いたのはここからだった。

結衣はブルマをこれでもかというほど上に引っ張り上げ、ブルマの腰のゴムの部分がおへそのかなり上まで来ている。当然その分、股の部分のVラインが強調され、お尻の肉はブルマからはみ出していた。

最後に、そのはみ出たお尻をしまいつつ、ハミパンをチェックするように、人差し指でブルマのすそをクイッと整え、気をつけの姿勢をとった。


「サンキュー。よく見て1年。これが正しい1年の体操服の着方だから。結衣、ちょっと一周回ってあげて」

依子部長に言われると、結衣はまた、はいっ、と返事をし、その場で見本をみせるためにゆっくりと回った。

「ポイントはココ」

そう言って、依子部長は結衣のブルマのおへその部分に付いた印を指差す。学校指定のこのブルマには、ちょうどおへそに当たる部分、腰ゴムの部分の正面に、校章が刺繍されているのだ。

「この校章が見えるように着ること。いいね。じゃあ、全員、真似してやってみて」

(なにそれ……。恥ずかしい……。そんなことまで指定されるの……)

ブルマのおへその校章は、どちらかと言えば恥ずかしい部分で、多くの女子生徒は、校章が隠れるように体操服のすそを出すのが一般的だった。


「指示に従わないやつがどうなるのかは、分かってるよね」

依子部長は1年生部員にプレッシャーをかけつつ、全員の動きをチェックしていく。

音楽室前の廊下に半袖体操服、ブルマ姿の70人が整列する。70個のブルマに、70個の校章。依子部長は次の指示を出す。

「じゃあ、次ね。うちの場合、整列って言ったら、背の順とブルマ順っていうのがあるから。覚えといて。背の順は言うまでもないと思うけど、ブルマ順はやったことないと思うから、今から順番決めていくよ」

(ブルマ順? なにそれ……)

「えっと……。そうだな……。保奈、ちょっとおいで」

(えっ、私? 私、なんかした? ビンタじゃないよね。校章もちゃんと見えてるし……)


依子部長の前まで進む保奈。依子部長は保奈をブルマの腰のゴムの部分を両手でつかむと、それをさらに引っ張り上げた。

(いや……。なに……)

「もっと、しっかり上げるんだよ。こう!」

そう言いながら、保奈のブルマを引っ張る。

「よし、これでOK。じゃあね。保奈の校章見えるよね。ブルマ順っていうのは、この校章の高さの順に並ぶこと。まあ、ほとんど背の順と同じような感じになるとは思うけど、足の長さって意外に違ったりするもんだから。

とりあえず、保奈の校章を基準に、左右に分かれて並んでみて、あとは臨機応変に近い人と比べて、ブルマ順に整列してみて」

しばらくして、だいたいのブルマ順が完成し、依子部長のチェックが入る。


依子部長は、端から順に一人ずつ、あらためてブルマを上げ直していき、校章の高さを比較し、並べ替えていく。

「マーチング見たことない人は、いまひとつ分からないかも知れないけど、腰の位置って結構気になるんだよ。隊列によっては、背の順よりも、腰の高さで整列した方がきれいに見えることもある」

依子部長の前でブルマ順で整列する新入部員70人のブルマの校章が、左下から右上へ、斜めのラインを引くようにきれいに並んでいた。

「いい? 明日からは、練習前はこのブルマ順で廊下に整列。

今日は、うちら3年の方が来るのが早いみたいだったけど、明日からはそんなこと許されないから。ホームルームが終わったらダッシュで集合して、今のこの隊形で整列すること。いいね?」


依子部長は全体を見渡し、間を置いてから言う。

「返事は? さっきの結衣の返事聞いてたでしょ!」

「はいっ」
「は、はいっ」

「返事がバラバラ! 全部が練習なんだよ。こういうときから、全員で息を合わせるように意識していかないと、きれいな演奏なんてできないよ! ソロじゃないんだからね。一人のミスが全員の責任。分かった?」

「はいっ」

「明日から、うちらが来たときに、整列してないやつが一人でもいたら、1年は練習させないからね。全員、時間が来るまで正座。一人できないやつがいたら、連帯責任。いいね?」

「はいっ」

「特に、さっきの五人は注意しときなよ。今度は自分たちだけじゃなくて、ほかのみんなも痛い思いすることになるんだからね」

依子部長ににらまれ、おしゃべり五人組は震え上がるように、大きな声で返事をした。


「ああ、そうそう。それから、うちの部は長髪禁止だから。基準は肩に髪がかかったらダメ。それより短くして。明日まで。いいね?」

(うそ……。私、切りたくない……。せっかくここまで伸ばしたのに……)

保奈は、もう何年も前から髪の毛を伸ばし続けていて、肩どころか、背中を通り越して、お尻に達するほどまで伸びていた。

「返事は!」

「はいっ」

保奈は返事をしなかったが、だからと言って、切らなくてもいいということにはならなかった。

しかし、保奈はなかなか決心することができずに、翌日、とうとう髪の毛を切らずに登校してしまった。学校に来てしまったら最後、もうそのまま部活に参加するしかない。



帰りのホームルームが終わって、急いで部活棟三階の音楽室前の廊下に向かうと、幸い10人ほどの髪の毛が長いままだった。

「やっぱり私、切れなかった……」
「ねえ、やばくない?」
「うん、でも……。髪の毛と演奏って関係ないじゃない。納得できなよ、私……」
「でも、ほら、先輩たちの指示に従わないと……」
「うん。分かってるけど……」
「それに、ほら。もしまた連帯責任とか言い出したら……」
「そうか。そうだよね。うん。ごめん」
「いや。ごめんて……」

1年生どうしが言い合っていると、階段を上る足音が聞こえてきたので、急いでブルマ順で整列する。上がってきたのは、結衣たち2年生だった。

「おお、1年は今日からブルマ順か。うちらもつい何日か前までこんな格好だったんだよね。なんか人がやってんの見ると恥ずかしいわ。よくそんな格好できるよね」
「て言うかさ、ブルマ順になってなくない? ちゃんとブルマ上げてないやついるんじゃないの? そんなんじゃ依子部長に叱られるよ」
「それにさー。いまだに髪長いやついるじゃん。ヤバイねこりゃ。大説教決定かな。ご愁傷さま」
「ダサーい」


2年生が、整列する保奈たち1年生を見ながら音楽室に入っていく。1年生はこの隙に、ブルマを上げ直し、吹奏楽部1年生部員としての身なりを整える。しかし、髪の毛については、もはやどうすることもできなかった。

(どうしよう……。やっぱり切ればよかったかな……。でも、髪の毛なんて長くたって、別に演奏には影響ないし……。やっぱり、納得できない)

依子部長が姿を現すと、音楽室前の廊下は緊張感に包まれる。

「懲りないやつがいるみたいね。えーと、10人かな。自分で分かってるでしょ。前に出てきな」

依子部長は、直接は言わないものの、髪型について言っているのだということは明らかだった。

保奈は、しぶしぶ依子部長の前まで進む。依子部長から見て、左端に保奈、その隣に髪の長い九人が並んだ。

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