一人ぼっちの陸上部 > 外伝 陸上競技会での出来事 p.01
今日は、うちの地区の陸上競技会の日です。
私はパパの運転する車で会場に向かっています。助手席にはママ。チャイルドシートには妹が乗っています。
実はパパは、本当のパパではありません。本当のパパは私が幼稚園に通っていたときにいなくなってしまいました。しばらくして、知らないおじさんが家にいて、それが新しいパパだということが分かりました。
だからチャイルドシートに座っている妹は、本当の妹ではありません。
(ん? でも、ママは一緒なんだから、妹は妹なのかな……? よく分からないな……)
血のつながりとか私にはよく分かりませんが、一緒に暮らしている人が私の家族なのです。一人ぼっちの私を、温かい目で応援してくれる人が私の家族なのです。
会場に着くと先生がすでに来ていました。隣にはなんと校長先生がいます。私は、ママとパパがいるので少しためらいましたが、すぐに車を降りて、先生のところまでダッシュしました。
「陸上部1年、伊東渚! 今日もよろしくおねがいします!」
いつもグラウンドでやっているように、大きな声で挨拶をしました。会場にはすでに、ほかの学校の人たちがたくさん来ています。私の大声は一帯に響き渡り、注目の的です。
それでも私は先生の前で直立不動、気をつけの姿勢をします。もちろんそれは、あとで難癖をつけられて、罰を受けるのが嫌だからです。痛い罰を受けるより、恥ずかしいのを一瞬だけ我慢する方がまだマシです。
私は、先生の指示で、着替えをすることになりました。
どうやら校長先生は、私の応援に来てくれたみたいです。ほかの部の場合、大会のときは出場メンバー以外が応援に回りますし、保護者の人たちがたくさん見に来ます。でも私一人しかいない陸上部は、応援は私の家族だけ。それを心配して、校長先生が来てくださったみたいです。
更衣室に入ると、ほかの学校の人たちがそれぞれのユニフォームに着替えていました。そう、ユニフォームです。陸上用のストッキングやスパッツ、ハーフパンツや短パンに着替えています。
それに、ほとんどの人は3年生のようです。1年生は私ぐらいみたいです。
空いているロッカーが見つからなかったので、私は更衣室の隅で着替えを始めました。着替えといっても、私の場合はユニフォームなんてありません。いつも通りの半袖体操服・ブルマ姿になります。
ほかの人たちが学校オリジナルの格好いいユニフォームなのに、私は体育で使う学校指定の体操服です。学校の決まりで、【1年 伊東】と太マジックで大きく書いてあるダサい体操服です。
それも、毎日の厳しい練習で、白い体操服も薄汚れてしまっています。周りのほかの学校の人たちが、さげすんだ目で私をチラチラと見て、ヒソヒソ話しているのが分かりました。
(恥ずかしいな……。でも、気にしない、気にしない。ユニフォームで結果が決まるわけじゃないんだから)
私は、自分に言い聞かせました。
更衣室を出て、先生のところに戻ろうとすると、ママとパパが先生と話をしていました。ママとパパは何回も先生にお辞儀をしているみたいです。
私にとっては怖くて厳しくて、鬼のような先生ですが、ママとパパは先生に感謝しています。それは、陸上部が私一人だけなのに顧問を買って出て、一人のために指導してくれているからです。
それは校長先生に対しても同じです。本来、部員一人では部の活動は認められていません。それを校長先生の裁量で特別に許可してくれているからです。ママとパパにとって先生たちは、娘のために尽くしてくれているいい先生なのです。
私が先生のところに着くと、ちょうど話が終わったところのようでした。
「じゃあ、先生。これからも娘をよろしくおねがいします。厳しくしてやってください」
(いやいや……。これ以上、厳しくって……)
「渚、頑張るんだよ」
そう言って、ママたちは応援スタンドの方へ上がっていきました。
「何だお前、家じゃ随分ダラダラしてるようじゃないか。さっきのお前の挨拶見て、ご両親が驚いてたぞ。あんなにきびきびと動けるのか、あんなきちんと挨拶できるのかって」
「あっ、はい……」
(また、余計なことを……)
「じゃあ、準備体操しとけ~」
先生は言うと、その場から離れていきました。
(準備体操……やっぱり、いつも通りだよね……)
周りを見渡すと、ほかの学校の人たち、応援で来た人たち、大会のスタッフの人たち、たくさんの人がいました。
「くっ……くっし~ん! いち、に、さん、し! に、に、さん、し! ……」
いつも通り大きな声を出して、一人で準備体操を始めます。周りにいた人たちが、一斉に私の方に振り向きました。
(恥ずかしい……)
「しんきゃ~く! いち、に、さん、し! に、に、さん、し! ……」
「ふか~く! いち、に、さん、し! に、に、さん、し! ……」
……