一人ぼっちの陸上部 > 筋トレ三種

「たいぜんくつ~! いち、に、さん、し! に、に、さん、し! ……」

「かいせ~ん! いち、に、さん、し! に、に、さん、し! ……」

冬の寒いグラウンドの真ん中で、一人で大声を張り上げて、準備体操をしたあとは、大回りジョギングです。学校の校庭のフェンス際を五周するのが朝のウォーミングアップメニューです。

大回りジョギングの途中で、校門の方から声が聞こえてきます。声の主は、女子テニス部の1年生で、同じクラスの子や、お友だちの姿が見えます。

うちの学校の女子テニス部は、厳しい練習と上下関係で成り立っており、1年生は絶対に先輩よりも先に来て、朝練の準備をする決まりです。そんな女子テニス部の1年生より早く来ている私……。

陸上部の私は、部員が私一人なので部室を更衣室として使っていますが、女子テニス部の1年生は部室を使うことはできずに、部室の前で着替えをする決まりです。

私は、大回りジョギングをしながらその様子をチラチラ見ています。私の場合は着替えといっても、体操服もブルマも家から着てきているので、着ていた制服を脱ぐだけです。

女子テニス部の1年生たちは、制服のスカートを穿いたまま、部のおそろいのジャージを穿きます。そして、スカートを脱ぎます。セーラー服を脱ぐと、着ていた体操服の上に、これまたおそろいのジャージを着ます。

規律と上下関係に厳しい女子テニス部の1年生でさえ、冬には上下おそろいのジャージを着て練習します。

たまに女子テニス部の1年生が、半袖体操服とブルマ姿になっていることがあります。これは、練習中に先輩たちから注意を受けたときで、その罰として、ジャージを取り上げられ、半袖体操服とブルマで練習させられているのだそうです。

私は、罰でも何でもなく、一年中、半袖体操服とブルマで練習……。

最後の一周になり、私は改めて気合いを入れ直します。それは、たいていこのくらいのタイミングで顧問の先生がグラウンドに登場するからです。

今日もラスト一周を半分過ぎたところで、正面玄関から出てくる先生の姿が見えました。私はダッシュで先生のもとに駆け寄ります。

「陸上部1年、伊東渚! 今日もよろしくおねがいします!」

さっき、誰もいないグラウンドでしたのと同じ挨拶をします。

「よし! じゃあ、始めるぞ」

「ハイッ!」

練習が始まったら、ハイ、以外の返事は禁止です。どんなに厳しい練習メニューでも、ハイ、と言って従わなければいけません。

このころになると、女子テニス部だけでなく、ほかの部の人たちも徐々に登校し始め、野球部やサッカー部などの男子たちも練習の準備やストレッチを始めています。そんな中で私は、一人だけ半袖体操服とブルマという格好で、朝礼台の横の一番目立つところで、先生にしごかれるのです。


「よし! まずは、筋トレ三種! 20×5」

「ハイッ! いっせっとめで~す! うでたて~! いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、……」

筋トレ三種とは、腕立て・腹筋・背筋のことで、これを各20回ずつを1セットとし、それを5セット繰り返します。合わせて、それぞれを100回ずつやることになります。

もちろん、私一人だけなのに、大きな声で掛け声をかけて、数を数えながら取り組みます。

しかし、各100回というのは最短で終わった場合の数です。そんな日は今まで一日たりともありません。必ずどこでかで「やり直し!」の注意が入ります。

理由は、声が小さいとか、腕の曲げ方が浅いとか、腰が浮いているとか、……。それも先生は、後半の辛いときや、終盤のあと少しというところで、「やり直し!」と言うのです。

「よんせっとめで~す! うでたて~! いち、に、さん、し、ご、ろく、なな、はち、きゅう、……」

「ほら、声が小さいぞ!」

「ハイッ! すみません! じゅうはち、じゅうきゅう、にじゅう。ふっき~ん! いち、に、さん、し、ご」

「ダメだ! やり直し!」

「ハイッ! いっせとめで~す! うでたて~! いち、に、さん」

「ストップ! ダメだダメだ! 気合い入れ!」

「ハイッ!」

気合い入れ、とは、先生の鞭によってお尻を叩いてもらい、気持ちを入れ直すことです。

腕立て伏せの途中だった私は、手のひらを地面についたまま、両足を手首のほうに寄せ、お尻を高く突き上げます。ひざをつかない四つんばいの状態になるのです。

「気合い入れおねがいします!」 バシッ!

「気合い入れおねがいします!」 バシッ!

「気合い入れおねがいします!」 バシッ!

「気合い入れおねがいします!」 バシッ!

「気合い入れおねがいします!」 バシッ!

今日は五回叩いてもらいました。回数は決まっていないので、自分で気合いが入るまで叩いてもらいます。もちろん痛いし、みんなが見ていて恥ずかしいけど、気合いが入っていなかった私がいけないのです。

やり直しが何回も続くと、朝練が筋トレ三種だけで終わってしまったり、筋トレ三種すら終わらないことがあります。終わらなかったときは、休み時間中に半袖体操服・ブルマに着替えて、職員室前で残りの回数をこなさなければいけません。

職員室前での筋トレ三種は、先生たちや生徒たち、多くの人に見られます。それでも、私は半袖体操服・ブルマの格好で、大きな声で数を数えながら筋トレをこなしていきます。

みんなが私を見ているにもかかわらず、私に声をかけてくれる人は誰もいません。

これは、部活のときでも一緒です。朝礼台の横で筋トレをしているとき、トラックの周りをダッシュしているとき、白い半袖体操服を泥だらけにして練習をしているとき、そして、先生の鞭を受けているとき、みんなは私をさげすんだ、軽蔑の目で見るだけで、誰も私に話しかける人はいません。

普段は仲の良い友だちも、そのときは、知らないふりをするのです。情けないな私……。一人だけこんな格好でしごかれて……。

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