体育学校 > 進級試験
私は、10歳の誕生日を迎える直前の進級試験に挑むことが出来ました。
一緒に頑張ってきた友達の中には、結局、最後の進級試験を受けられずに、10歳の誕生日を迎えてしまった子もいます。その意味では、自分にはチャンスがあったのです。あとはそれをつかむだけでした。
進級試験は、いつもの体育館で行われます。そこには、私を鍛えてくれた教官のほか、上位過程の教官たちがたくさんいて、その中に、一人で入っていきます。
私たち受験者は、いつも通りパンツ一枚で廊下で待機していますが、体育館に入るときに、そのパンツも脱いで、何も身につけない裸の状態になります。これは、体のあらゆる筋肉の付き方や動き、使い方を観察するためです。
実は、私にとっては、この裸になることが困難なことでした。この最後の進級試験までに、何度か進級試験を受けましたが、その不合格の理由を教官に言われたことがあります。
それは、ほかの子に比べて、体操の実力的にそれほど劣っているわけではなく、進級試験のときに動きが小さく、ぎこちなくなって、普段の力が出せていない、というものでした。
言われた私は、確かに心当たりがあります。それは、当たり前ですが、裸が恥ずかしいからです。9歳ともなれば、それなりに羞恥心のようなものも芽生えています。
しかし、その恥ずかしさを乗り越える度胸もまた必要だということでした。そのため、私は、居残り訓練のとき、パンツも脱いで、裸の状態で、教官の指導を受けたこともありました。
さすがに、通常の練習のときには、集団懲罰のときを除いて、一人だけ裸になることはありませんでした。
居残り訓練とはいえ、ほかのお友達もいますし、裸で股割りをしたり、裸で懸垂したり、裸で肋木腹筋をしたり、恥ずかしい思いをしました。しかし、これを恥ずかしいと思っている時点ですでにダメなのです。
私は自分にそう言い聞かせて、一生懸命頑張りました。
進級試験では、まず、床の中心に立ち、教官に指示されるとおりの姿勢をしたり、動きをしたりします。その様子を、床の周りでたくさんの教官たちが審査します。どれも、今までたくさん訓練してきたもので、指の先まで全神経を集中させてひとつひとつの項目をこなします。
さらに、上位過程の教官が近づいてきて、指先や足の形、足の裏、腕の関節、首の太さなどの審査を行います。
最後に各種器具を使って、ひと通りの競技を見せ、審査終了です。
結局私は、この最後の進級試験に合格することは出来ませんでした。
その翌日、私は、みんなとお別れをして、この体育学校を出ました。
普通の子どもに戻ったのです。
この体育学校は、最終的に五輪選手を輩出することが目的で、可能性のない子どもは、その判断を下した時点で切り捨てられます。
私は、中国を離れ、いろいろな国の人とこの話をしてきました。
その中には、この切り捨て制度を、非情だとか、無責任だという人もいます。確かに、教育者の中には、あるいは、国によっては、ほとんど可能性がないにもかかわらず、「君は頑張れば五輪選手になれるぞ。メダリストになれるぞ」「最後まであきらめるな」「全員に可能性があるんだ」などと言い続ける人もいます。
そして、そのような環境の中から実際にメダリストが出ていることも事実でしょう。
しかし、客観的に見て、当時の中国にそのような余裕はありませんでした。とにかく、人を集めて、一回育ててみる。その中にいい人材がいれば引き上げる。他は切り捨てる。これが当時の中国で、そのときはそれが正解だったのでしょう。
9歳の時点で切り捨てることは、確かに無責任ですが、可能性がないのに嘘の励ましを続けることもまた無責任です。
私は、9歳の時点で可能性がないことを告げられたとき、「君には体操の未来はないけれど、ほかの分野で未来はあるかもしれないよ。それを探しなさい」と言われたことを覚えています。
9歳で、普通の子どもに戻った私は、家の近くの学校に通い始めました。そこには、体育学校でかつて一緒に頑張ってきて、途中で脱落した友達がたくさんいました。その友達に囲まれ楽しい学校生活を送りました。
ついつい体がうずいて、家でも柔軟体操やストレッチをやって、親に笑われたりもしました。
その後、私は、父の仕事の都合で中国を離れることになり、そのタイミングで体操を完全に忘れました。何ヶ国かを転々とし、現在イギリスで生活をしています。
黄麗恵(blog name FUN)さんの体験談の翻訳は以上です。
現在の彼女の心境を補足しておきます。
彼女は、体育学校での体験を否定的にとらえているわけではありません。つまり、この blog の意図は、児童虐待を訴えようとか、制度や学校を告発しようとか、そのようなことではなく、単に、自分の思い出として記しただけのようです。
しかし、昨年、ある海外のマスコミが、中国の五輪メダリスト育成を目指す体操トレーニングセンターを取材し、その様子を web 上で公開しました。
その状況は、彼女が記した体験談ほどではありませんが、充分にインパクトがあるもので、すぐに海外のテレビや新聞でも取り上げられ、ちょっとした話題になり、その是非についてさまざまな論争を呼びました。(彼女が記した体育学校と、このマスコミが取材したトレーニングセンターは別物です)
この取材の様子は、現在でも youtube などの web 上で見ることが出来ます。まだご覧になっていない方は、ぜひ探してみてください。
最後に、blog の翻訳を許可してくださった、黄麗恵(blog name FUN)さんに改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。謝謝。thank you.