書道教室 > ご挨拶

今日は、新入室の子が五人来る予定です。その子たちに、この教室の決まりを教えたり、マナーを教えるのが私の仕事でした。

教室の玄関のところで待っていると、一人の女の子がやってきました。

<あ~、私もあんなんだったのかな……>

その女の子は、不安そうにうつむきながら、こちらに近づいてきました。私は、自分が教室に通い始めた日のことを思い出していました。



「千秋。今日からだからね。頑張ってくるのよ」

「うん、ママ。大丈夫だよね……」

「いい子にしてれば大丈夫よ」

私は、気が進まないまま、家を出ました。教室はすぐ近所なので、嫌々ゆっくり歩いていてもすぐについてしまいます。


教室が見えてきました。教室の玄関のところに、何人か並んでいました。

知哉くんも並んでいます。知哉くんの後ろに二人くらいいて、列の最後に、同じ学校の6年生のお姉さんがいました。私は、その6年生のお姉さんの後ろに並びました。

「あっ、千秋ちゃんだよね。よろしくね」

「うん」

お姉さんが話しかけてくれて、少しホッとします。

「前の人のやつよく見ておいてね」

お姉さんが言うので、玄関の中を覗きました。ちょうど知哉くんの番のようでした。


知哉くんは、玄関で靴を脱ぐと、すぐにしゃがんで、靴を壁際に移動させました。きちんと揃えています。それから、玄関で正座している先生の前に正座をしました。

「高橋知哉です。今日もがんばりますので、よろしくおねがいします」

そう言って、先生にお辞儀をしました。

「はい。こちらこそ、よろしくおねがいします。頑張ってくださいね」

先生も言って、同じようにお辞儀をしました。


「わかった? あんな感じでやるんだよ」

お姉さんが言ってくれました。

「うん」

私は、そんなことよりも、先生のいる玄関の奥を見ていました。玄関の奥のコンクリートのところで、二人の女の子が正座をしていました。4年生か5年生くらいの子です。

<あんなところで……痛くないのかな、足>

その二人の女の子は、明らかに何かの失敗をしてしまって、そこに正座させられているように見えました。

そんなことを思っていると、すでに、前のお姉さんの番になっていました。私はその様子をよく見て、やり方を覚えようとしました。


あっという間に私の番です。

私は、靴を脱いで、みんなと同じように、壁際にそろえました。それから、先生の前に正座をします。

「く……久遠千秋です。が……がんばりますので、よろしくおねがいします」

私は、頭を下げました。

「はい。よろしくおねがいします」

先生が言ったので、私は立ち上がって、教室の中に入ろうとしました。

「千秋ちゃん」

呼び止められました。振り向くと先生は、玄関の私の靴を指差していました。

「お靴。ちゃんと揃えなさい」

私は、ちゃんと揃えたつもりでしたが、いま見ると、右足の靴の上に、左足の靴が乗っかってしまっていて、しかも、みんなの靴と少しだけずれていました。私は、あわてて靴を揃え直してから、教室に入ろうとしました。

「ストップ。千秋ちゃんは、コッチです」

また呼び止められます。先生は、玄関の奥に正座をしている二人の女の子のほうを指差していました。

<やっぱり……靴がそろえられなかったからだ……>

私は、玄関のほうに移動して、女の子の横に、正座をしました。

<痛い。こんなコンクリートの上に正座なんて……>

私は、頑張って正座をしました。


そのあと、何人かの子が来て、玄関で挨拶をしてから、教室の中に入っていきました。全員が揃ったのか、先生も教室の中に入ります。

<え? 私たちは……>

私たち三人は、玄関に正座をしたままです。隣の女の子の顔を見ると、泣きそうな目をしていました。

<もしかして……前の知哉くんみたいに、お尻ペンペンなのかなぁ……>

しばらくすると、先生が教室から出てきました。私は、足が痛かったけど、意識して背筋をピンと伸ばしました。

「あなたたち二人は、もう何度目ですか? まったく、いまだにご挨拶もきちんとできないなんて!」

先生は、隣の女の子二人に言っているみたいです。

「千秋ちゃん。あなたは今日が初めてでしたね。ご挨拶はよく出来ていました。初めてなのにえらいですね」

足が痛くて、それどころじゃなかったけど、ほめてくれたのはうれしかったです。

「でもね、お靴はきちんとそろえないといけません」

先生は言います。

「あなたたち二人は後です。まず、千秋ちゃん、立ちなさい」

私は、先生の横に立ちました。

<やっぱり……お尻ペンペンか……>

しかし、先生は、私の目を見てこう言いました。

「来週からは、きちんとお靴をそろえるんですよ。ご挨拶は今日みたいに元気よく」

それから、先生は私のお尻をスカートの上から、パシンッと一回叩きました。

「では、お教室に入って、お習字の準備をしていてください」

<よかった……一回だけだ……それもスカートの上から>

私は、教室の中に入りました。

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