誠清女子学苑 > 番外編 鬼コーチ誕生 p.04
■ 教官室 ■
監督と二人で練習の反省と、明日以降の打ち合わせをしていると、教官室のドアをノックする音が聞こえます。私が監督の方を見ると、監督はニヤリと笑いました。
ドアが開くと、武内萌絵が入ってきます。
「あ、あの、先ほどはすみませんでしたっ!」
そう言うと、深く頭を下げます。
「もう一度、私にチャンスを下さい。今度はしっかりやります。一生懸命頑張ります。だから、あの……、もう一度、もう一度だけ、チャンスを下さい。お願いしますっ!」
最後は大声で、叫ぶように言い、また、頭を下げます。
「頭、上げなよ」
私は言います。
「ホントだね、今の言葉。本当に一生懸命やるのね」
「はい。頑張ります」
「どんなに辛くても、最後までやる。絶対だね」
「はい。やります」
「わかった。でも、普通には戻せない。それじゃあ、ほかの子に示しがつかないから」
「……はい」
「今から、0年。いいね。あんたを0年扱いにする」
「……はい」
「はい、じゃないよ。今から0年なの。ほら、早く0年の格好になんな!」
私は言います。
学年が絶対的な上下関係を意味するこの部にとって、1年生より格下である0年への降格はつらい宣告です。
1年生の練習着は半袖・ブルマ。0年はそれ以下の格好です。上半身は半袖を脱いだスポブラ、下半身は短パンを脱いだ下着にならなくてはいけません。
監督と私の前で、武内萌絵は半袖と短パンを脱ぎます。ある程度の覚悟をしていたのか、もしくは、ここでぐずぐずする訳にはいかないと悟ったのか、少し恥ずかしがりながらも、手際よく脱いでいきました。
武内萌絵はスポブラ・パンツ姿になると、監督と私の前で、気を付けをします。足元を見ると、かかとを上げたつま先立ちの状態になっています。もう、数分前までの2年生である自分を捨てているようです。
汗を吸ったパンツはグチャグチャになっていました。湿ったパンツは、お股にピッタリとくっつき、ワレメの形がはっきりと分かります。
「明日から、朝の雑巾がけや練習の準備、夜の後片付けはあんたの仕事。いいね。それから、寮の部屋も使用禁止。0年の間は廊下で寝ること。1年に上がったら、1年部屋で寝る。この半袖と短パンは、2年に上がるまで私が預かっとくから」
そう言いながら、私は脱ぎ捨てられた半袖と短パンを拾い上げ、手元に寄せます。
「……はい。分かりました」
武内萌絵は口をへの字にし、今にも泣きそうになりながら、返事をしました。
私が監督の方を見ると、監督はうなづいて、口を開きました。
「いいか、武内。俺と谷藤コーチはお前に期待してるんだ。出来ないやつには言わないよ。お前には力がある。でも、お前はそれを出せていない。
はっきり言って、今の実践組の中には、お前よりも力のないやつがいるよ。でも、そいつらは必死で頑張って、力を出し切ってる。お前はまだ出し切ってない。分かるな、言ってること」
「……はい」
とうとう、目から涙がこぼれます。
「まあ、お前にとっては、つらいかもしれないけどな。でも、これでも、谷藤コーチは優しい方だよ」
監督は続けます。
「この谷藤コーチなんて、今でこそ、お前らのことを厳しく指導してるけど、中1のときは酷かったんだから。毎日のように俺からべら食らって、それでも必死に頑張った。
そうそう、こいつなんて、屋上に連れて行かれて、そこで素っ裸でうさぎ跳びさせられたんだぞ。しかもこいつは、その途中で失禁して、みんなの前でおもらし」
私は、監督の方を睨みます。
<そんなこと言わなくたっていいじゃん。監督のいじわる……>
「でもな、それだけ必死に頑張ってた、ってことなんだよ。ふらふらになって、力が入らなくて、それでも、うさぎ跳びを続けた。下半身の感覚がなくなるくらい限界だったのに、それでも、頑張った。この谷藤コーチはそういう人なんだ」
涙が頬っぺたを伝わり、あごの下から滴り落ちます。
「谷藤コーチは人の限界が分かる人。お前はまだ限界まで頑張っていない。お前は限界だって言うかもしれないけど、それはまだだ。俺や谷藤コーチが言うんだから間違いない」
「……はい」
私が、バトンを受け取ります。パンっと両手を叩き、気持ちを入れ替えさせます。
「この夏の間に実践組に上がること、いいね。それが目標。いや、ノルマだね。出来なかったら、今度は本当に部活棟から追い出す。いい?
厳しいよ。まず1年に上がる。それから、2年に。さらに実践組に。やめるなら今だよ。明日からは容赦しないからね」
そう私が宣告すると、彼女は涙を拭い、「はい」と今までで一番大きな声で返事をしました。
それは、武内萌絵にとっての、厳しく、つらい、過酷な夏が幕を開けた瞬間でした。
武内萌絵が出て行った教官室で、私と監督は練習の打ち合わせを再開させます。特に、0年に格下げさせた武内萌絵の扱い方については慎重に議論されました。
厳しく指導するのは当然として、彼女の将来を潰さないギリギリのところで踏み止まらせる。彼女が一皮向けるために、どんなしごきが必要なのか、議論を重ねます。
話が少し落ち着いたときでした。不意に、監督が言います。
「谷藤さぁ。下着に関する寮規則、って覚えてるか?」
「えっ? あぁ、はい。それはもちろん」
忘れるわけがありません。中1のときの新入生歓迎会では、その寮規則で痛い思いをしているのです。あれはまだ、この部の厳しさを認識していなかった頃、そして、べらの痛みを初めて知ったとき。
“下着は、中学生らしい清楚なものとする”
これが、学校で決められた、下着に関する寮規則です。さらに、うちの部では、部指定の何の飾り気もない真っ白な下着が支給され、それを穿くのが決まりです。
「チェックするから、ジャージ脱いで」
「は?」
当たり前のように言う監督に、私は自分の耳を疑い、聞き返します。
「は? じゃないよ。規則を守ってるか検査するって言ってんだよ」
「いやー。またー。そうやって、冗談を。もうさっき、だまされましたからね。通用しませんよ」
空気椅子の件があるので、また冗談かと思い、私は言い返します。
「いい加減にしろ! 調子に乗るなよ、谷藤! 俺は本気で言ってんだよ!」
監督が怒鳴るように言います。そして、べらを手に取り、机をバシンと叩きました。乾いた音が、教官室に響きます。
<うそ……。本気だ……。冗談で言ってるんじゃない……>
私は監督の目を見て、確信します。あれは、空気椅子のときみたいな、冗談を言うときの目ではありません。
私は立ち上がり、その場で気を付けをします。そして、ジャージのズボンに手をかけて、その手をひざまで下ろします。
今日私は、ピンク色のハートがたくさん付いた柄のパンツを穿いていました。大学生にしては、ちょっと子どもっぽい柄だけど、ピンク色のハートは私のお気に入りの柄です。
「それが、清楚なのか?」
「いえ……。これは……。でも、私はもう、中学生ではないですし……」
思わず、口答えしてしまいます。
「反抗するのか。偉くなったもんだな。谷藤も」
「いえ……。そういうわけじゃ……」
「じゃあ、言うことがあるだろ!」
そう言って、監督はまた、べらで机を叩きます。私は、ビクッとして、覚悟を決めました。
ジャージをひざまで下ろして、パンツをむき出しにしたまま、ひざに手を当てて、監督の方にお尻を突き出す格好を取ります。
「谷藤由希、規則違反のハートのパンツを穿いていました。お尻叩きのお仕置き、お願いしますっ!」
あのときの、新入生歓迎会のときのことを思い出しながら言いました。
ビューン バシッ! 「うっ!」
久しぶりの監督のべら。それは、お尻に食い込むような痛みを伴って、襲ってきました。もちろん、お礼を忘れてはいけません。
「お尻叩きのお仕置き、ありがとうございました」
私は、久しぶりのべらに我慢ができなくなり、お尻をさすります。
そんな私に監督が、袋に入った新品のパンツとスポブラを投げつけます。中学生用の、何の飾りも付いていない、部指定の清楚な下着です。
「着替えろ」
監督は、淡々と言います。
「え……。ここで……、ですか?」
「一分以内。はい、スタート」
監督は私の質問に答えず、時間を区切りました。
あのときと同じです。新入生歓迎会のときは、進行役の畠中先輩でしたが、同じように、一分以内と言われ、先輩たちがいる前で、中1みんなで穿き替えたのです。
「30秒……」
ためらう私に、監督のカウントダウンがプレッシャーをかけます。もう、やるしかありません。
私は、袋からパンツとスポブラを取り出し、監督に背中を向けるように後ろを向いて、屈みます。そして、一気にパンツを脱いで、急いで部指定のパンツを穿きます。そして、ブラに取り掛かります。
見られないように、Tシャツの中でモゾモゾとつけ替える方法もありますが、今は、そんなことをしている時間はありません。急いで、Tシャツを脱いで、ブラを外して、スポブラをつけます。これも、久しぶりの感覚。
着替えた私は、その場で気を付けをします。
<あっ…… これは……>
そこで気が付きました。
今、自分がしているこの格好は、ほんの数分前に、0年宣告をした武内萌絵がしていた格好です。彼女がいたまさに同じ場所で、同じ格好をしている自分に気が付きました。
「どうだ? 谷藤。どんな気分だ?」
監督が言います。
「……恥ずかしいです。悔しいし、なんか……、納得いきません」
私は、正直に言いました。
「だろうな。多分、武内もそんな気持ちだっただろう。あいつは、ある程度覚悟してたかもしれないけど、恥ずかしかっただろうし、嫌だっただろうな。何で自分だけって、理不尽な気持ちもあっただろう。でも、あいつは我慢して、乗り切ろうとしたわけだ」
監督が何を言おうとしているのか、少しずつ分かってきました。
「明日からお前には、基礎練組を本格的に指導してもらう。当然、厳しいことを言うだろうし、べらを振るうこともあるだろう。脱衣罰を課すこともね。ただ、忘れちゃいけないのは、しごかれる側がどう思うかってこと。ただ、感情的に怒鳴りつけたり、力任せにべらを加えればいいってもんじゃない」
監督は、私に0年の格好をさせて、その理不尽さを体験させたのです。確かに、忘れかけていた感覚でした。
「分かってくれたかな、俺の言おうとしてること」
「……はい」
「そうか。うん。それは、よかった。セクハラとか言って訴えないでくれよ」
そう言って、監督は笑いました。
「どうする? 下着」
「はい。これは、このままで。ここにいる間は、この下着をつけます」
私は、少し迷いましたが、そう言いました。ジャージの下にこの下着をつけることで、しごかれる側の気持ちを忘れないようにしよう、しごかれていた中学時代のことを忘れないようにしよう、そう思いました。
「じゃあ、頼むよ。谷藤コーチ。ビシビシ指導してくれよ」
「はい」
「しかし、あれだよなー。お前はいつまでそんなガキみたいなパンツ穿いてんだ? 大学生だろ」
言われて私は、さっき急いで脱ぎ捨てた、お気に入りのピンク色のハート柄のパンツを拾い、手の中で丸めます。
<もー。そんなこと言わなくたっていいじゃん。監督のいじわる……>